対面
登場人物:和白
名嘉原亜希乃
和白の生徒。
慧にも劣らず、その背丈は低い。
しかしそこから発せられるのは、何にも形容し難い圧倒的オーラ。離れた場所に立っているにも拘らず、慧は息苦しさを感じずにはいられなかった。
「……」
しかし、慧以上に驚愕の色を露にしているのは、華凛だった。目を大きく見開き、身体は細かく身震いしている。
「あ、アキノ……あんた……」
呟き、華凛は素早く少女の元へ歩み寄った。瞬く間に距離を詰め、少女の両肩をがっと掴むと、そのままくるりと回転させた。少女の背が華凛と正対した。
「――――!」
瞬間、華凛は息を呑んだ。
少女の背中には、背番号があった。
一桁台の番号、『4』。
その小さい背中には不釣り合いな大きさ。驚き固まる華凛に少女は、今度は自ら回転し再び正面から向き合った。
「あ、あんた……本当にあの和白で……レギュラーを……」
「へへ、ラッキーもあったんだけどね。ま、思ったより早かったかな」
アキノ、と呼んだその少女と、華凛はしばし無言で向き合った。やがて何かを見透かしたような目で少女は告げる。
「そっちこそ、頑張ってるみたいね。気ぃ抜けてないみたいで安心したわ」
「……ま、簡単じゃないけどね」
言葉少なに二人は向き合い続ける。二人以外の何者も侵入出来ない、特異な空気がそこには纏われていた。
「華凛ちゃん……」
その状況にあっても、慧は華凛の元へ歩み寄っていた。自分でも無意識の内に。あるいは華凛の側にいれば、この息苦しさから脱却出来るかも知れないという本能からか。
「華凛、その子……」
慧の接近に気付いた少女が反応する。
その時慧は感じた。
アキノと呼ばれた少女が目を見開きこちらを凝視したことを。
「……その子、まさか」
少女が何かを言いたげに口を開いたが、その疑問を打ち消すように華凛の声が割って入る。
「慧。この子、名嘉原亜希乃、っていうの。一応私達と同じ中学なのよ」
「えっ……?」
突然、想定外のことを告げられ慧の思考が止まる。
「やっぱり知らないかな。まあ同じクラスなったことないしね。あたしもあんまり覚えないし」
「うぅ……」
それはそうだろう。華凛のことでさえ高校になってから知ったのだ。そもそも交友関係の狭い自分が、こんなバリバリ体育会系の人間と関わりがあるわけがない。
しかし、自らが通った中学から強豪校で頑張っている人間がいるというのは、素直に誇らしくもあった。思わず慧は今初めて会話を交わしたばかりの少女を讃える。
「……で、でも、すごいね……野球の強いとこ行って、レギュラー取って……全国目指して、頑張ってるんだ……」
「なに、あんたは目指さないの?全国」
「えっ……」
さらりと、まるで日常の風景のように何気なく口にされた言葉。
慧は、そんな言葉に、二の句を告げることが出来なかった。
「んじゃ、あたしは戻るわ。これから試合でしょ?頑張んな」
ひらひらと手を振りながら去っていく。
「またね」
華凛は手を振り返す。その背中を見ながら、不意にひとつ深呼吸をした。
「……やらなきゃ」
華凛の顔には、決意の色が滲む。
「……」
一方、華凛の横で立ち尽くす慧の頭の中ではひたすら同じ言葉が回り続けていた。
あんたは目指さないの。全国。
わたしは、全国を目指すって考えたことなんてなかった。
じゃあわたしは、いったいなんのために野球をやっているんだろう。
なんで――。
去っていく名嘉原亜希乃の背中を見る。
背番号『4』はやけに大きく、堂々としているように見えた。
「よし、集合!」
遠くから捺の声が聞こえた。
ぐちゃぐちゃに頭をかき回されたまま、慧は皆の元へ向かった。
試合が始まる。