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ハードシップメークス  作者: 小走煌
6 秋の大会前
54/227

天神商業

登場人物(天神商業)


平悠莉(たいらゆうり)

天神商業の三枚看板一番手。打者としてもクリーンアップを務める。


小倉(おぐら)あやね

天神商業のキャッチャー。


吉松蓮花(よしまつれんか)

天神商業のセンター。


堀川彩(ほりかわあや)

天神商業の四番。

「あーーーっ、もう決まんないーーーっ!!」

この日何十球目かのボールがキャッチャーのミット寸前でバウンドする。悠莉は投球練習用に設置されたブルペンマウンドの土を思わず蹴り上げた。

「ユーリ、もう今日は止めといたら?さっきからずっとおんなじ感じだし」

最後のボールを体を張って巧みに受け止めたキャッチャーが進言する。

彼女の名は小倉あやね。天神商業が誇る三枚看板を巧みに操作する、チームの正捕手である。

「新球開発は完成がムズカシイんだよ。ゆっくりやってこうよー」

「うーん、そうは言ってもねえ……」

「……大会のこと気にしてるの?」

「……」

あやねの問いに対して、悠莉はすぐに返答出来ない。

夏の大会。チームが破れ優勝出来なかったことに対する悔しさは勿論あるが、実のところ、悠莉には大会の個人成績において不満要素は無かった。登板したイニングは数多の強打者を見事抑え込んだし、三番バッターとして貴重なタイムリーも次々放った。

しかし、このままではいけないという思いが常に悠莉に付きまとっていた。理由は明白である。しかし、プライドが邪魔して中々言葉にはし辛い。

「……それとも、あの練習試合のこと?」

そこにあやねの、のんびりとしながらもどこか悠莉を気にかけたような声が届く。

――そうよ当たってるわよ。

どうも心を見透かされたようで釈然としないが、味方相手に意地を張っても仕方が無いのもまた事実。悠莉は出来るだけ平静を装い答える。

「ま、まあそんなところ……かしらね……」

「やっぱりそうかー。ユーリの友達のあの人、凄かったもんねー」

――やっぱりそう来るか。

常に打者心理を考えるキャッチャー所以か、これまた心情を的確に捉えられた気がして悠莉は固まる。


夏の大会期間中に行った香椎東との練習試合。

期間中、天神商業には他校に比べて日程上の余裕があった。

天神商業の監督は、その空きを使って実戦による調整を行いたいと考えた。それにより通常の練習よりも効果のある調整が出来るという目論見だったが、大会期間中であるため必然的に相手は限られる。

そこで、悠莉は自ら監督に香椎東を相手にすることを進言し、了承された。

悠莉はトーナメント表からその名前を見つけていた。そして、チームが早々に初戦敗退していたことも知っていた。

かつてのチームメイトに自らの成長した姿、そして天神商業というチームの強さを見せつけんと意気揚揚試合を申し込んだ。

しかし、そこで悠莉は改めてかつてのチームメイト――捺の底知れぬ力を思い知らされてしまったのである。


「あの打線の中では確かにあの人がイチバン手強かったね。でもユーリなら今度はきっと抑えられると思うけどなー」

「……アイツを抑えるにはどうしてもこの球が必要なのよ!」

絶対の自信を持つツーシームをいとも簡単に弾き返された場面がフラッシュバックし、思わず声を荒げる。

捺を抑える。その一心で、悠莉は新たなボールを産み出そうとしていた。

しかし、秋の大会まで時間は無い。深追いするとチームに迷惑を掛けてしまうかも知れない。そのジレンマに悠莉は、苛立ちが徐々に大きくなっているのを感じていた。

「……おっけー、わかった」

おもむろに、あやねがマスクを被り直す。それからしゃがみ込み、ゆっくりと捕球姿勢を取った。

「付き合うよ。完成まで」

悠莉は息をのむ。

時折露わになる、あやねの度量の広さ。こちらの言い分を全て呑んで受け入れてくれる。まるで穏やかな海のような安心感を、悠莉はあやねから感じていた。

「――ありがと」

ポソリと小声で呟き、悠莉はあやねのミットをにらみつけ振りかぶった。


「今の惜しかったよ!」

「そ……そう、かしら……」

あやねの励ましに辛うじて声を出す悠莉は肩で息をしている。あれから100球。一心不乱に投げ込むものの、未だ理想の軌道は描けていない。

「でも、さすがにそろそろ投げすぎだなー。あと5球やってダメなら今日は上がった方がいいね」

「……ええ、そう……ね」

声も途切れ途切れに悠莉は答える。

そもそも天神商業は投手三枚看板を売りとしているチーム。戦える駒が三枚いることがまず前提だが、酷使による投手の消耗を防ぐというチーム方針が根底にあるのだ。

今年は三枚看板を組めるスタッフが揃っているため、大会においてはその方針を徹底している。それなのにその筆頭である悠莉が練習で故障するなどあってはならない事だ。

その重みを理解している以上、あやねの提言には逆らえないし逆らうつもりも無い。どのみち体力ももう限界である。

しかし、迸る悔しさが悠莉の中でグツグツと煮えたぎっていた。

(捺……見てなさいよ……今度はぜったいにギャフンと言わせてやるんだから……)

次第に朦朧とし出す意識の中、膝に手をつきながら呼吸を整える。あと5球。気を入れ直し顔を上げる。

ふと、悠莉の視界にあるものが浮かび上がった。

誰もいないはずの左打席に。

「――捺!」

それは正に、かつてのチームメイトであり香椎東の三番、天宮捺の姿だった。

勿論本人が突然やって来たわけでは無く、疲労から来る完全なる錯覚。しかし、悠莉の中にはその結論に行き着くだけの余裕は最早無い。急激に湧き上がった闘志をもって、無意識のうちに振りかぶっていた。

「ちょっとー、投げるなら投げるって言ってよー!」

捕球姿勢を取りながら放つあやねの文句にも構わない。幸いにもあやねのミットは、目的とする場所にしっかり構えられた。

「捺……アンタのその膝元に……このボールをお見舞いしてやるっ……!」

弾丸のようなスピードボール。完全なるストレートの軌道に、あやねは体を強張らせたと同時に冷静な分析も行った。

――威力充分のストレートだけど、変化しないなら意味がない。

しかし直後、ボールはあやねの想定を超える軌道を見せた。

「あっ――!」

悲鳴のような声が上がる。ストレートだと思われたボールは、ベースの手前で急激に落下した。

あやねは瞬間的にミットの位置を下げる。ボールはショートバウンドギリギリのところでミットに収まった。

「……す、すごい……」

マスクから思わず感嘆の声が漏れる。左打者の膝元ギリギリから、急激に落ちるスピードボール。対天宮捺用に新開発した高速フォークボールが、今ここに完成された。

「……」

フォロースルーの姿勢で固まっている悠莉。何が起こったのか理解出来ていない顔が、徐々に本来の自信に満ちた顔に、さらに悦びがプラスされたものへと変化していった。

「やった……やったわ!これで捺を仕留められる!」

疲労が最大値であることが嘘かのような軽やかさで、踊るようにマウンドから滑り降りる。

「どう!?ちゃんとストレートみたいだった!?」

「う、うん……最初は本当にストレートだと思ったよ。そこから急に落ちるから思わず膝ついて止めようと思ったけど、そうする必要ないくらいコースも完璧だった」

「うんうん……よしよしよし!!」

あやねからの最上級の賛辞。悠莉はこれで新球の完成を確信した。

「あやね、ちょっとここで待ってて!」

「え?う、うん……」

意図が理解出来ていない様子のあやねをよそに勢い良くブルペンを飛び出す。やがて、悠莉はもう一人を連れてブルペンへ戻ってきた。

「どうしたの、ユーリ」

それは天神商業の二番打者、吉松蓮花だった。手にはバットを持っている。

「新球が出来たの!球筋見て欲しいから打席に立って!」

「そう、分かった」

二つ返事で打席へと向かう。その顔を正面から見たあやねは思わず微笑む。

普段はクールな表情を崩すことのない蓮花が、僅かながら嬉しそうな顔を見せていたのだ。蓮花も陰ながら応援していたに違いない。そう思い、あやねもまた嬉しそうにマスクを被り直した。

「新球……?」

いざ悠莉が振りかぶった瞬間、この空間に無い新しい声が聞こえた。皆がブルペンの入り口を見ると、そこには天神商業の四番打者にして最強打者の呼び声高い、堀川彩の姿があった。

「新球……わたしも見たい……」

のそのそと入り口から打席の方へ移動する。悠莉は大慌てでそれを阻止しにかかった。


「あああああ!!アーヤはあたしの自信がなくなるからだめーっ!!!」

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