合宿を行うことになりました
「はーい、ちゅーもくちゅーもーく!」
景気の良い声が部室に響き渡る。
「はい」
「はい」
「はい」
「ハイ」
皆一様に生返事をし、ホワイトボードへと体を向ける。
華凛までもが生返事をすることに気分が落ち着かず慧はオロオロして、とりあえず周りと同じようにした。
「そのホワイトボードは一体どこから調達したのですか、捺」
「まっ、細かいことはいいじゃない」
「まさか無い、とは思いますが……余所の部室からくすねて来た、などということであれば即刻返却して貰いますよ」
「ああ、大丈夫。そんなことはしてないから」
「……そうですか。分かりました」
釈然としない様子の千春を尻目に、捺はゆっくりと話し始めた。
「えーみなさんもご存知かと思いますが、この度、夏の福岡県大会は柳川女子が天神商業を下して優勝しました」
『天神商業』というワードに場の空気がやや強張る。
「私達に勝利した天神商業を下しての優勝。県内にはまだまだ強豪がいるということです。恐ろしいですね!」
「おい、恐ろしさが伝わらねーぞ」
「そう、だね……そこはかとなく楽しんでるような気がするよ……」
清と文乃が突っ込みを入れる。捺は気にする様子なく続ける。
「優勝した柳川女子の全国大会での活躍を祈ると同時に、次は私達が全国へ行くという気概を、意気込みを持って臨まねばなりません……そこで!」
捺は手際よくマーカーを手にし、ホワイトボードに勢い良く文字を書き出した。
部室の全員がかたずを呑んでマーカーの行方を見守る。
捺がマーカーに蓋をした時、ホワイトボードには『夏合宿!』の文字が踊っていた。
「来る夏休みに合宿を行います!ここで皆の基礎力をアップさせます!」
部室は一瞬の静寂に包まれ。
「え〜〜〜っ!?」
直後騒然となった。
「合宿って、どこで?」
「学校!対外試合とかいろいろあって、どの部もグラウンドを使わないタイミングがちょうど3日間くらいありそうなのよ」
「学校に泊まる気ですか?」
「そう!うちの部室だけじゃさすがに狭いけど、空いてる部屋を貸してくれそうなの」
「食事は?」
「給湯室あるし、どうにかしよう!」
部員それぞれの質問に捺はテキパキと答えていく。しかし部室のざわめきは消えない。
「いつの間にそんな計画を企てていたんですか……相談してくれれば手回しに協力出来たのに」
「いやー、思いついたら行動しちゃうもんで」
「3日間も寝泊まりすんのかよ。めんどくせーなー」
「親の許可とか取らないといけないよね……大丈夫かな……」
次々に不安要素を口にする部員達。
「……まーでも、面白そうじゃん。やっちゃおうぜ!」
しかし、そんな皆の不安を吹き飛ばすように、直子の声が明るく部室に響いた。
「そうですね。色々トライしてみるのは良いことかも知れません」
千春がすかさず同調する。捺はウンウン頷いている。
直子の発言から、やがて合宿に対しての否定的な意見は無くなり、皆、合宿を成功させようという気になっていた。
「それでは、香椎東のさらなるレベルアップのため!夏合宿、頑張っていきましょう!」
「おーっ!」
部室の外ではセミがひっきりなしに鳴いている。グラウンドには太陽が照りつける。正に夏真っ盛り。
この夏、香椎東女子野球部は、より高みを目指してトレーニングに励む。
(合宿か……)
しかし、高みを目指すという部員の気持ちは実は一枚岩ではない。この期に及んで合宿に不満を持つものが約一名。
(夏休みの練習すらやなのに、合宿かあ……出来ればやりたくないなあ……)
若月慧。彼女は未だ、この部活に対して乗り気になれずにいる。