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ハードシップメークス  作者: 小走煌
4 [練習試合]香椎東対天神商業
41/227

香椎東対天神商業14

 四回裏、ノーアウトランナー一塁。

 この回先頭の豊、悠莉の後を継いだ二番手投手からセンター前ヒットを放つ。同点の状況から先に優位に立つのは果たしてどちらのチームか――といった状況。チームとしてはより一層活気づく展開と言って良いだろう。

 しかしながら、この状況で打席を迎えた慧はそのマインドからひたすら逆行する。行きたくない、行きたくない行きたくない行きたくない。誰にも聞こえない後ろ向きな独り言を、心の中で念仏のように唱え続ける。重い足取りをもってようやく打席に入り、構えた。その瞬間、相手投手がボールを投じる。

「ストライク!」

 第一球が当然のようにベースを通過する。ストライクがひとつ先行した。慧は第一打席のように尻餅をつきたくなるのを必死に堪えた。そうしながらも、ボールの軌道を必死に目に焼きつけた。

 慧は打席に入る直前、華凛から耳打ちでアドバイスを受けていた。要約すると「投球練習を見る限りこのピッチャーはさっきのピッチャー程の球じゃない」「ボールが来たらとりあえず振る」「さっきの感じで振ればきっと打てる」ということらしい。慧は今の球とそのアドバイスを照らし合わせる作業を脳内で行い、ひとつの結論を導き出した。

 ――華凛ちゃん、このピッチャーはたいしたことないって言ってたけど……ぜんぜん違いがわからないよ……!

 結論として、悠莉もこのピッチャーも、慧にとっては対して差異がないことが分かった。その分析を終え「とにかくバットを振る」の条項を初球にして破ってしまったことも併せて認識する。

 ――もう、こうなったらやけだ……なんでもかんでも振ってやる……!

 スイングの決意を固めたタイミングで第二球。しかしそのボールは高めに大きく外れた、見逃せばゆうにボールとなる球だった。

「えいっ……!」

 しかし、決意を固めた慧のバットは止まらない。とんでもないボールであることなどお構いなしに空振りし、あっという間にツーストライクとなった。

 慧の目が回りだす。まるでバッターボックス内だけ酸素が足りていないかのように慧は息が苦しくなった。ツーストライクノーボール。あと一球のストライクでアウトになることはいかな慧でも把握出来た。しかし、気持ちばかりが焦り具体的な対抗策は浮かばない。目は回り続け、体はまるで自分のものでないように固まる。どうしようもなく脳内でのたうつ慧。

 しかし、その心に不意に華凛の声がよみがえった。

 ――さっきの感じで振ればきっと打てるから。

 三ヶ条の三項目目。まだ実践していないそれを行うしかない。目の焦点がようやく合った慧は目の前の敵を見据えた。そしてまるでそれを待っていたかのように三球目がやって来る。

 威力抜群のボール。しかし慧の頭には第一打席のスイングを再現させることしかなかった。よみがえった華凛の言葉だけをただひたすら信じて。

「つっ……!」

 歯をくいしばってバットを出す。向かってくるボールとバットのタイミングは、奇跡のようにピッタリと合う。

「ピッチャー!」

 しかし直後響き渡ったのは、擦れたような金属音と、打球の処理者を指示するキャッチャーの叫び声だった。

「あっ……!」

 少し遅れて慧の目にも自らが放った打球の行方が映った。タイミングはしっかり合っていたものの高低がずれていた故にジャストミートとはならず、打球は高いバウンドとなってピッチャーの前で跳ねていた。

「いかなきゃ……!」

 状況を本能で理解した瞬間、慧は駆け出していた。ボールを打ったら一塁へ全力疾走しなければならない。これまでの練習で教わっていたことの一つだった。

「ファースト!」

 キャッチャーの大声が続けて響き渡る。セカンドへの送球は間に合わないと判断したキャッチャーが、ピッチャーへ送球先を指示する声だった。慧の目には、一塁手の堀川がミットを掲げ、ボールを収める様が映った。

「アウト!」

 一塁塁審の声が響き渡る。慧の二打席目はピッチャーゴロに終わった。

「うぅ……」

 しょんぼりと慧はベンチに引き上げる。そんな慧を香椎東ベンチは手を叩き迎え入れた。

「ドンマイドンマイ、当たっただけでも大したもんよ!」

「私もそう思います。良いスイングでした、若月さん」

 直子と千春が声を掛ける。香椎東の面々は皆暖かく慧を迎えてくれた。慧は頭を下げながらベンチに座る。その目の前に捺が現れた。

「確かにとんでもないボールに手を出しちゃったけど……でも最後はけっこう良いスイングだったと思うわ。見込みはけっこうありそうよ……ね、華凛?」

 捺は横にいる華凛に話を振った。突然の振りだったからか、華凛はビクリと肩を震わせた。

「……そうですね。鍛えればモノにはなる、かと思います」

 瞬間的に普段の様子を取り戻し、華凛は落ち着いて回答した。

「うん。慣れてくれば楽しさも分かってくるはずだし、みんなで教えていくからよろしくね」

 捺が手を差し出す。慧はつられるままに手を持ち上げ、握手を交わした。捺の横にいた華凛が隣にやって来る。

「惜しかったわね。次は打てるはずよ」

 そして一言、声を掛けてくれた。その一言で少しずつ心臓の鼓動が収まっていくのを慧は感じていた。

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