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ハードシップメークス  作者: 小走煌
4 [練習試合]香椎東対天神商業
36/227

香椎東対天神商業9

 レフトへ弾んだ打球。結果だけ見ればそれは単なるシングルヒットだが、バッティングの内容としていかにレベルの高いものであったか、対戦者からすれば一目瞭然だった。

 第一打席のヒット、そして今のバッティング。それぞれのコースに応じて確実にバットの芯で捉える卓越した技術。そして打球の速さ。吉松蓮花という打者がいかに危険な存在か、豊ははっきりと認識した。最初に感じた脅威の雰囲気は、間違っていなかった。

 ともあれツーアウトながらこれで走者は一、二塁。状況を確認し、改めて目の前の相手に集中する。

「今度はさっきみたいにいかないから、覚悟しなさい!」

 先発投手でありながら天神商業の三番を務める悠莉。第一打席はセカンドゴロに打ち取ったが、内容は紙一重だったことを豊は覚えていた。想定通りであれば引っかけてゲッツーとなるところをギリギリで流し打ちに切り替えてきた。かなりの打撃センスの持ち主であることは間違いない。

 しかし、先ほどからの振る舞いを見る限り、メンタルに問題がある。そこを突ければここは切り抜けられるはず――豊は自信を持って初球を要求した。外角へ外れるスライダー、ワンボール。

「あら……満塁にするのはマズいんじゃないかしら?」

 まるでまともに勝負する気がないかのような球。一目でそれを見て取った悠莉は、言葉で香椎東バッテリーを挑発してくる。しかし豊はそれに応じることはせず、黙って梓へ二球目を要求した。

「……あっ!」

 投じられたボールに対して、悠莉は飛び退くように間合いを取る。それは第一打席で見せた球とまではいかないものの、厳しく内角を突くボールだった。ボール球がふたつ先行した形だが、豊はそれでもこの二球目は必要なボールと判断した。

「やってくれるじゃない……」

 悠莉がボソリと呟く。豊はそれを聞き逃さない。ここで豊は確信した。やはりこのバッターは挑発に乗りやすい。そうなれば、しめたもの。

 手早く梓とサイン交換を終えた。要求は、フォーク。この試合で初めて投じるボールだ。ストライクからボールゾーンに落ちるこの球で空振りを奪おうと豊は考えた。

「……!」

 しかし、豊にとって予想外の出来事が起こった。悠莉は初動こそボールに反応したものの、手を出すことなく見逃したのだ。

 このボールは「打ちに行く」と決めてからの見極めは非常に難しいと、豊には確信があった。ましてや内角球で煽られた後であればなおさら。そう判断し要求したボールだったが、しっかりと見切られてしまった。

 ――思ったより苛立ってないのか……? あるいは、そのへんの瞬発力が優れている、か。さっきの打席の対応もそう考えればそんな感じっすもんね……まあそれはそうとして、この状況、どうしたもんか……。

 これでカウントはスリーボールノーストライク。一気に厳しい状況に追い込まれた。走者は一、二塁であるため、四球としてしまっても得点にはならない。しかし、それは満塁であの堀川彩を迎えるということを意味する。第一打席は打ち取っているものの、堀川の思考が察知出来ていない以上、その状況だけはどうしても避けたかった。

 ――しょうがない、とりあえずゾーンの中で勝負するか。

 梓相手なら気軽にストライクを要求出来る。その有り難みを感じながら、豊は外角寄りにカットボールを要求する。梓は無言で頷き、無表情のままボールを投じた。

「……あまい!」

 しかし、要求通りのボールが豊のミットに収まる直前、間を割って乱入してきたバットによりけたたましい金属音が発せられる。弾かれたボールは鋭いライナーとなり、ワンバウンドでセンターまで到達した。

 そのあまりに痛烈な打球、かつ前進気味に守っていた直子の迅速な返球により得点にはならなかったものの、これでツーアウト満塁。天神商業にとっては一気にチャンス、香椎東にとっては一気に苦しい状況となった。

「よっし、見たか!」

 してやったりの顔で、悠莉は一塁ベース上でガッツポーズを作る。それを見やり、豊は頭を掻こうとするがヘルメットに阻まれる。

「こりゃ、ちと参ったっすね……」

 今回は指がヘルメットに阻まれたことも頭の痒みも気にならない。全ての意識は、ゆっくりと打席に向かって来る堀川へと向けられていた。

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