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ハードシップメークス  作者: 小走煌
13 夏の大会、決勝
198/227

ラッキー

「しっかしまあ……」

 眼前の村田はなぜか首を傾げた。今の今まで威勢良く声を上げていたというのに。

「こんなに小さいと調子狂っちゃうなあ。まるでウチの亜希乃みたいだね」

 村田は突拍子もないことを言いだした。慧は思わずセカンドを守る亜希乃の方に目をやる。当の本人は帽子のつばを触ってどこかばつが悪そうにしていた。

「これじゃストライクが入るか不安だけど、まあいっか。とりあえず行くよっ!」

 村田は豪快に振りかぶり、第一球を投じた。

 待て――捺の指示が脳裏によみがえる。慧はそれを忠実に守るべく、バットを振ることなく球筋を見極めることに集中する。

「……ひっ!」

 しかし、慧に出来ることはバッターボックスから飛び出てしまうのを堪えることだけだった。

 速い。いや、それだけじゃない。重い。まるで鉛が飛んで来ているよう。先発ピッチャーも球は速いように感じたが、この村田のボールは比較にならない。確かに、捺の話の中であの鍛治舎玲央が引き合いに出されたのも充分納得だった。

「……よし、ストライク取れた!」

 たった一球のストライクで、村田はまるで試合に勝ったかのようにはしゃいでいる。

「えりか、あんまり喜び過ぎないの」

 すかさずショートを守る高木から注意の声が入った。

「そっすよ、なめられますよ」

 間髪入れず飛んで来たのは、セカンドを守る亜希乃の声だった。

「あんたに言われたくないわよ!」

 村田は亜希乃に向き直って大声で叫んだ。

 しかし、本気で怒っている様子ではなく、村田の顔にも笑みが浮かんでいる。恐らく日頃からこういったやり取りをしているのだろう。どこも似た感じなのかな、と慧は何となく考える。

「まあでもそうね、反省します」

 そう言うと村田は再びこちらに向き直り、帽子を被り直して構えた。そのまま投球動作に入る。

 来る。慧は捺から指示されたもう一つの行動を実行に移すことにした。それはバントの構え。

 ただ構えるだけとはいえ、あれほどの威力を持つボールだ。恐怖せずにはいられない。微かに両手が震える。

 でも大丈夫。構えてすぐ引けば良いんだから。きっと出来る。怖がらないで。心の中で自分自身を励ましながらバットを構える。

「むっ……!」

 投げた直後の村田が唸った。超速でやって来るボールから逃がすようにバットを引く。

「ボール!」

 球審が高らかに宣告した。外れた。ボール一個分か二個分か分からないが、確かにストライクゾーンからは外れていたように思う。

「うーん、ちっこいバッターにちまちまされると調子狂うなあ……」

 ボールのように、すごく直球なことを村田は言う。小さいという自覚があるからそれで傷ついたりはしないが、相手が相手ならまずいのではないか。そういえば亜希乃はこんな風なことを言われて平気なのか。

 などといらないことを考えていたら、村田が次のボールを投げた。慧はまたバットを構えて引いてみた。

「あーっ、ダメ!」

 村田が叫ぶ。その球はまたもボール球となった。今度はますます大きく外れたボール。

「ちーっ、今度こそちゃんと入れてやるんだからね!」

 テンポ良く、振りかぶっては投げる。しかしそこからストライクが入ることはなく、慧はフォアボールとなった。

「あーっ、やっちゃったよ……」

 村田はマウンド上でうなだれた。

 ラッキー。慧は心の中でガッツポーズしながら一塁へ向かった。特別何かをしたわけではないが、たまには幸運もあるらしかった。

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