役立つ
駆け足でベンチへ戻る。身体はちょっとした興奮状態だ。守備が終わって戻るだけなのにその足は速まる一方だ。
先に到着した皆が次々にベンチへ入っていく。その波に乗ろうと入口の段差に足を掛けた瞬間、後ろから不意に抱きつかれた。
「ケイちゃん、やったね!」
犯人は直子だと声で判断出来た。振りほどこうにも締めつける力が強く、抵抗出来ない。その声が引き金となって、一旦ベンチに引っ込んだ他のメンバーが次々にこちらを振り向いた。
「良く捕ってくれたわ。あれが落ちてたら苦しくなってた。ファインプレイよ、慧」
捺が頭を撫でながら称賛の言葉を掛けてくれた。
「やるなあオイ、俺だったら危なかったぜ」
「それは感想が正直過ぎますよ、清」
レフトから遅れてやって来た清の声に、ベンチから千春がすかさず突っ込みを入れる。
「いや、本気で助かったっす。あの力持ち、芯を外したのに一番深いところまで持っていきやがって……」
豊が防具を外し終わらないうちに話に割り込んだ。
「最後のボールは、カット?」
捺の問いに、いつの間にか豊の隣にいた梓がコクリと頷いた。
「コースは完璧だったっす。威力もあった。あそこまで持ってったのは、あのバッターの実力っすね」
「さすが和白の強力打線と言ったところかしら」
捺の言ったカット、とはカットボールのことだろうか。二人は何やら込み入った話を続けていた。梓は黙ってその話を聞いているようだった。少し気になって様子を見ていると、慧の視界に文乃が入り込んで来た。
「あの……慧ちゃんこの回先頭だから、もう離してあげないと」
「ああ、そっか」
直子の間の抜けた声と共に慧は拘束を解かれた。ついバランスを崩し、ベンチの段差を駆けるようにして降りる。
「っとと……!」
直後、転びそうになる身体を支えられた。華凛だ。
「アンタ、大丈夫? 危なっかしいわね……」
「ご、ごめん……!」
反射的に頭を下げる。すると、華凛が急に慧の両肩を掴んで来た。
「ナイスキャッチだったわ」
凛とした瞳がまっすぐこちらを見詰めて来る。照れ臭くなって視線を逸らしてしまう。
「背走は外野にとって難しいプレー。この大一番でそれが出来るなんて、もう立派な外野手よ。自信を持って良いわ」
行っておいで、と華凛は両肩を離した。どうにか「あ、ありがとう……」とだけ告げ、慧は急いで準備をして打席に向かう。
皆、褒めてくれた。
こちらとしてはただ必死にやっただけだ。それが、皆にとっては貴重なプレーだったらしい。
「……やった」
打席に着く前に一言だけ呟いた。言葉に表現するのは難しい。だけど、何というか、嬉しい。ただひたすらに嬉しかった。
打席に入ると、長身の左腕がロジンを手に待ち構えていた。
「さーて、この回もバリバリいっくよー!」
もっと浸っていたいが、そうもいかない。切り替えていかなければならない。慧はバットを目の前に深呼吸を一つして、構えに入った。