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ハードシップメークス  作者: 小走煌
13 夏の大会、決勝
196/227

目切り背走

 これであと一人。とにかくあと一人アウトに取ればひとまずピンチは切り抜けられる。

『四番、センター、長戸さん』

 その時、アナウンスが場内に流れた。この状況でバッターは四番。初回、このバッターがセンターへ放った大きな当たりを慧はぼんやりとだが覚えている。

 ここは後ろに下がった方が良い。そう考えていると直子から「ケイちゃん、バック!」と声が掛かった。普段は指示に従うだけの慧だがここは自分の思いと指示が一致した。慧は頷き、後退した位置で構える。

 四番、ということは危険なバッターの一人であることは間違いない。ましてや左バッター。引っ張った打球がライトに飛んで来る可能性は高い。身体をこわばらせながら考えていると、梓が初球を投じた。打席の長戸はフルスイングを見せる。ボールは一瞬でバックネットに突き刺さった。

「惜しいよ惜しいよ!」

 和白側のベンチから声援が聞こえた。その声は、何かに期待するような明るい響きを持っている。ついさっき得点のチャンスをフイにしたのにへこたれていないのか。

 梓は淡々と第二球を投じる。外角に外れたボール。淡々とはしているが、ライトから見ても球の威力は上がっているのが分かる。ピンチが続くこの状況で、梓も力が入っているのだ。

「オッケー、ツーアウト! ツーアウト!」

 和白の声援を遮るように捺が全体に声を掛ける。まるで声掛け合戦みたいだと慧は思った。でも、何でも良い。この一人をアウトに取れれば、何でも。

 その時梓が三球目を投じた。厳しいコース。判定はボールだった。

 今、一塁が空いている。場合によっては敬遠も可能だが、投球を見ているとどうやらその選択肢はなさそうだ。このバッターを歩かせると次に出て来るのは五番の坂田。今日ホームランを打っているパワフルな、右打者。確かに今日の試合で言えば危険度はこの長戸より上だろう。

 だからこそ、勝負。一球一球、最高のボールを梓は投げている。それならばバックを守る自分は決してミスしてはいけない。決して――

 その時、キン、と音がした。梓の投げた四球目を、長戸のスイングが捉えた。

 高々と舞い上がったボール。まるで天に吸い込まれていくかのようにグングン上へと伸びていく。

 来た。来てしまった。慧の心臓は一際高く鳴った。

 雲に同化しそうなほど高い打球。行く先は今自分がいる位置よりも後ろだ、というのは何となく分かった。でも、足が上手く動かない。ボールを見ながらゆっくり、ゆっくりと下がる。下がりながら頭がごちゃごちゃする。

 捕らなければ。でも捕れる? こんなすごい打球を、こんな下手くそな自分が?

「ケイー! 目、切って!」

 不意に、センター方向から直子の声が聞こえた。目を切る、とはボールを見るなということ。嫌だ。それは、怖い。出来ない。もし見失ったらどうする。もし見当違いのところに走ったら――

 ダメだ。

 瞬間、慧は混乱する思考を断った。そんなことではいけない。本能が、やるしかないと告げた。

 慧はボールから目を離し、後ろを振り向いて一目散に走った。

 どこまで走れば良い? 感覚が分からない。もはや誰の声も聞こえない。自分の直感を、信じるしかない。

 走って走って走って、どこまで来たか分からなくなったところで振り向き、空を見る。ボールを探す。右、左、いない。真上。ボールは、そこにいた。糸が切れたように一直線に向かって来る。

 早く手を出して。右腕に命令するが、こんな時に限って腕が重い。それでも懸命に振り上げ、空に向けて掲げる。次の瞬間、何かがグラブに着弾した感触があった。

「と、取れた……?」

 恐る恐るグラブの中身を確認する。ボールは、確かにそこにあった。

 アウトだ。スリーアウトチェンジ。最後のアウトは、慧のグラブが掴んだ。

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