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ハードシップメークス  作者: 小走煌
13 夏の大会、決勝
194/227

ピンチばかり

 ノーアウト、ランナー一塁。

 先頭打者というのは出来れば出したくない、とは香椎東ナインのほとんど全員が練習中や試合中を問わずしばしば口にしていたことだ。しかしこの試合、これで五イニング中三イニングで先頭打者が出塁したことになる。

『一番、セカンド、名嘉原さん』

 そして今アナウンスに迎えられ打席に入ったのは、これまでの先頭打者出塁回数三度のうち二度を占める亜希乃だ。しかもその二度のうち一度はホームラン。あの弾道を思い出し、慧は空を見上げる。

 空中には雲一つない。しかしあの時、一球のボールがこの青に高々と弧を描いた。その光景を思い浮かべたところで慧は首を横に振り、それ以上思い出すのを止めた。

 特にこの試合においては、出来ればもう見たくない光景。いくらあの光景に一種の美しさを感じたとしても、あくまで亜希乃は敵なのだ。

「さあ来い、さあ来い!」

 慧を戦いの場に引き戻すように香椎東ナインの掛け声が耳に届く。慧も負けじと「さあ来い!」と小さい声を振り絞る。そんな声と場内のざわめきの中、梓はセットポジションから第一球を投じた。判定はボール。

「梓先輩、慎重になってる……」

 つい小さな声で呟く。梓は本来、どんどんストライクを取っていくスタイルのはずだ。それなのに初回を終えてからは、特に上位打線に対してボール先行になることが多くなっている。

 それだけこの打線を警戒しているということだ。梓も、そしてリードしている豊もきっと苦しいだろう。

「さあ来い!」

 慧は、とにかく声を出すことにした。この遠く離れた位置から二人にしてあげられることは、残念ながらない。でも何もしないのではこちらも苦しくなる。ぐにゃぐにゃした思考で辿り着いたのは、とりあえず声で勇気づけるというものだった。

 とはいえこんな小さな自分の小さな声ではなんの足しにもならないだろう。それでも慧は声を出さずにはいられなかった。

 梓の第二球。亜希乃がゆったりとしたテークバックでボールを迎え入れ、そして次の瞬間。

 キン、という一際高い音と共に打球が一直線にセンター方向へ向かった。ライナー性の鮮やかなヒット。場内がワッと歓声に包まれた。

 なんて不思議なバッティング。直子がボールを処理するのを見ながら慧はふわふわした気分になった。

 亜希乃のスイングは強い、とか鋭い、とかそういう表現で示すには少し違う気がするのだ。決してスイングスピードが速いようには見えないのだが、確実にバットの芯で捉えてヒットにする。ゆったりとした柔らかさのあるスイング。例えあの鍛治舎玲央の速球でも、このスイングなら難なくヒットにしてしまいそうな深みがあった。

「あ、ああ、まずいよ……」

 慧はそこでいったん考えるのを止めて構えを取った。この状況が大変なピンチであることに気づいたからだ。今の亜希乃のヒットでノーアウト、ランナー一二塁。バッターは捺や華凛が和白のキーマンと目していた二番の高木。もしかしたら失点してしまうかも知れないこの状況に、慧は気が気でなくなった。そんな中、梓が豊とのサイン交換を終え、一球目を投じる。

「せ、センター……!」

 直後慧は叫んでいた。痛烈な地を這うライナーが梓の足元をすり抜けていったのだ。

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