謎めいたスタイル
「きゃははは! 今日もあたしの出番がやって来たわね!」
愉快な声が香椎東ベンチまで届いた。代わったピッチャー、村田えりかがマウンドで腕をグルグル回す。
「えりか、よろしく頼むわよー!」
ショートを守る高木が声を掛ける。それにつられて内野陣から次々にマウンドへ声援が送られた。そんな中セカンドの亜希乃は無言で帽子のつばを触り一礼していた。
「なんだか騒がしいのが出て来たなあ」
「あまり人のことは言えないのではないですか、直子」
「えー、そうかな」
千春の指摘に直子はしらを切る。いつもの流れに、ベンチには笑いが起こった。
「確かに、昨日はスタンドからの観戦だったものね。どんな人物かまでは見えなかったけど、どうやら直子っぽい人と思えば良さそうね」
「いや捺ちょっと待って、どういう意味だいそれは?」
「大丈夫、ただの冗談よ」
「そうか」
捺の言葉に直子はほっと安心した表情を見せた。そんな直子をよそに、捺の目はキッと鋭くなった。
「これまで福岡で最も優れたピッチャーは満場一致で鍛治舎玲央とされてきた。他に目ぼしいのは天神商業の三枚看板だったり、もしかしたらここまで勝ち上がってきたウチの梓も注目されてたりするでしょうね。この村田っていうピッチャーもそういった話題に入ってくることもあったけど、外されることもあってなかなか安定しない。それはなぜか。そして、そんな村田をエースに置いてなぜ和白は決勝まで来れたのか……昨日の天神商業との試合である程度の答えが見えたけど、今日は果たしてどう転ぶか。そこが試合の分かれ目になるわ」
捺はマウンドから目を離さない。他の全員も一様に清の打席に注目した。
「よーし! それじゃあ投げちゃおうかな!」
投球練習を終えた村田は、威勢良く第一球を投じた。
「ボール!」
「あっちゃー、抜けちゃったかー」
村田はわざとらしく左腕をグルグル回す。外角高めに大きく外れたボール。投手に本来求められる精密さからは随分とかけ離れた無造作な一球だった。
「う、うそ……」
しかし慧は、その投球に思わず息を呑んだ。昨日スタンドから見たボールより明らかに速い。実際に間近で見るとここまで違うのか。
「それじゃあ、次っ!」
村田が吠える。第二球。低めにストレートが決まり、ストライク。キャッチャーミットはいかにも重そうな音を鳴らした。
続けて三球目。同じようなボールでストライク。四球目。またも低めに来たボールに清のバットは空を切った。
「……どうやら今日は調子が良いみたいね」
参ったわ、と捺は頭をかく。ベンチについさっきまであった和やかな空気は、今は消えていた。遅れて出て来た目の前の相手は明らかに脅威でしかなかった。