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ハードシップメークス  作者: 小走煌
13 夏の大会、決勝
185/227

追撃

「私も出るわ」

 そう言い残し一つ深呼吸をして、華凛はネクストバッターズサークルへ向かった。

 ふと、慧の目はバットを握る華凛の右腕を捉えた。少し離れているが、小刻みに震えているのが分かった。

「か、華凛ちゃん……」

 慧は知らず自らの両拳を握り締めていた。華凛は責任感が強い。自分が打たなければ、とプレッシャーを感じているのではないだろうか。

「頑張って、華凛ちゃん……!」

 思わず慧は遠く離れた華凛に声を掛けていた。華凛は左手を上げて応えてくれた。

 その様子を見てホッとして、直後、慧はしまった、と思った。

 この試合において、きっと抱え込む必要はないのだ。

 だって香椎東には頼れる先輩がいっぱいいる。それは守備に就いている間、直子がプレーで示してくれたし、他の皆も声を出して盛り上げていた。頼もしい先輩のことは信じて良いに違いないのだ。

 亜希乃の活躍を見せつけられても、敵の打撃力が凄まじくてもそこは変わらない。全員で立ち向かえば良いのだから華凛一人がしょい込む必要はないはずだ。

 それなのに自分は心ない「頑張れ」を華凛に投げつけてしまった。華凛を支えなければいけないのに、一緒に緊張してしまった。これではいけない。もう一度、華凛に何か言えないか――

「捺ー、頼むー!」

 その時、香椎東ベンチから捺に対して一斉に声援が送られた。慧は釣られて打席に立つ捺の方に目を向ける。

 捺は準備完了というようにいつもの優美な構えを見せていた。そんな捺を見て、相手投手はさっさと第一球を投じる。

「ストライク!」

 球審のコールはベンチまで届いた。ストライク優先。打者にとってやや不利な状況となってしまった。

 捺までアウトになったら華凛は余計に気負ってしまうだろう。慧は祈るように捺を見詰めた。どうにかチームに希望を与える結果を残してくれないか。

「ストライク!」

 その時、またも球審のコールが届いた。ツーストライク、ノーボール。打者にとっては完全に不利なカウント。

「ああ、なっちゃん、おねがい……」

 文乃が泣きそうな声ですがるように応援する。香椎東の面々は皆かたずをのんで戦況を見守る。

「大丈夫」

 その時、誰かが落ち着いた様子で言った。声のする方を向くと、直子がグラウンドを背にしてベンチの皆に向き直っていた。

「あたし達の部長にとってはこんなのピンチでもなんでもない。むしろきっとこの状況を楽しんでるさ。まあ、信じて見てよう」

 直子の言葉が終わると、それを待っていたように相手投手が三球目を投げた。厳しいコース。

「ボール!」

 球審の声が届いた瞬間、ベンチから溜め息が漏れた。横から見る形だからハッキリとは分からないが、きっと際どいコースだったはずだ。しかし捺は悠然と見逃した。

「準決勝はフォアボールに次ぐフォアボールだからきっとストレスが溜まってたはず。向こうさんは分からないだろうね。捺、実はけっこう打ちたがりってのをさ。今だって相当我慢して見逃したと思うよ。でも、見逃せるってことは、ボールが見えてるってこと。向こうさんも注意して投げないと、どうなるか……ね」

 直子がバッターボックスに視線を送りながら言う。続く四球目、五球目は共にボールとなった。捺はまだ一回もスイングしていない。

「捺ー! 一本ー!」

 直子が一度声を掛けた。妙な緊張が支配して、慧は声を出せない。直子を除くベンチの誰もが、状況を見守るばかりで声を出せてはいなかった。

 そして投じられたフルカウントからの第六球。

 香椎東のベンチに聞こえてきたのは球審のコールではなく、涼やかに鳴った打球音だった。

 ベンチの全員が弾かれたように身を乗り出す。一斉にライト方向に注目する。慧はその後ろから背伸びして打球の行方を追った。

 ライトには第一打席でホームランを打った坂田の姿。懸命に背走していたが、やがて速度を緩めて立ち尽くした。やがて、球場内は大歓声に沸いた。

「やったあ! さすがなっちゃん!」

「アイツやりやがった!」

 文乃が、清が絶叫に似た声を上げる。直子がニヤリと笑みを見せて頷いた。グラウンドでは捺がゆっくりとダイヤモンドを回っている。

 それで慧は理解した。捺はホームランを打ったのだ。それはまさにチームに希望を与える結果。

「捺先輩、すごい……」

 沸き立つベンチの中、慧はボソリと呟いた。少し目が潤みそうになって、ユニフォームの袖で拭った。

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