香椎東も負けていられない
続く六番バッターの打球は、力ないショートゴロとなった。ごく普通のプレーでごく普通にアウトになるのを慧は久しぶりに見た気がした。
天を仰ぎながら小走りで一塁側ベンチへ向かう。視界に入る三塁側スタンドの応援団が見せる白い歯は慧に絶望を与えた。どうしよう、これじゃ皆落ち込んでるに違いない。まだ一回なのに、戦意喪失してたらどうしよう――
「いやあ、参ったわね」
しかしベンチに着いた瞬間、聞こえてきたのはどこか間の抜けたような声だった。
「いや、面目ないっす。あの先頭打者ホームランでちょっと余裕なくしてたっす」
「昨日の天神商業との試合でも思ったけど、実際やってみると中々の重量打線ぶりね」
申し訳なさそうに俯く豊に、捺が笑顔を向けていた。陽気な声の主はどうやら捺らしかった。
「いきなりやられたけど、まあこれからっしょ」
「そうだそうだ!」
威勢の良い声がベンチのそこかしこから聞こえてくる。見渡すと、慧の心配とは裏腹に皆の顔はどこか余裕があるように見えた。
「まあ、打線で言うならウチも負けてないわよ。相手の先発、見て」
捺の言葉に慧はマウンドを見る。投球練習をしている先発ピッチャーは、素人目だがごく普通の右投手という印象だった。
そう言えば、と慧は思い出した。昨日の天神商業との試合で投げていたピッチャーはもっと大柄な左投げの投手だったはずだ。今投げている投手は昨日の投手とは違う。
「昨日投げてた左ピッチャーはベンチにいる。まずは温存するつもりね。でもそんな余裕はないってところを見せつけてあげましょう」
捺は自信たっぷりに言い放った。慧の心臓の音は高鳴った。この人達は不安になっているどころか、やり返そうとしている。なんというタフネス。下を向いていた自分が空しく思える。
「ようし、そんじゃ行ってくるかね!」
直子がベンチを飛び出し、香椎東の先頭打者として打席に立った。初球を見逃した後、二球目を見事なバット捌きでセンターに運んだ。
「ナイスバッティング、直子!」
皆は手を叩いて直子の打撃を称えた。続く千春はじっくりボールを見て、四球を勝ち取った。
「すごい、全然負けてない……」
思わず慧は呟いていた。テンポ良く進む香椎東の攻撃は、先ほど味わった和白の流れるような攻撃と比較しても大差ないような気がした。
そして会場が沸き立つのがベンチにも聞こえてくる。早速の得点チャンスに、三番の捺が打席に立ったのだ。