電光石火
『二番、ショート、高木さん』
唖然としている慧の耳にアナウンスが聞こえてきた。バッターボックスを見ると、今度は右打席に和白の打者が入った。
梓は豊のサインに何度か首を振り、投げる。一球目、二球目共にボールとなり三球目。グラウンドに快音が轟き痛烈な打球が左中間を襲った。悠々ツーベース。
「いいぞ、いいぞ、たかぎ!」
和白の応援団が騒ぎ立てる。その地鳴りのような声援が慧の腹部に圧を与える。
「ドンマイドンマイ、次打ち取ろう!」
歓声に紛れ、内野陣から声が聞こえてきた。なんて健気な声。皆はこの悪魔のような応援に押し潰されそうにならないのか。鳴り止まない声援につばを飲み込んでいると、続く三番バッターが初球をバントした。あっさり成功させ、これでワンアウトランナー三塁となった。
『四番、センター、長戸さん』
アナウンスと共に更なる声援が場内を包む。次の瞬間、その雰囲気に乗るように、打席に入った左バッターは高々とセンターに打球を打ち上げていた。
「オーライ、オーライ!」
直子が両手を振り、捕球体勢に入る。慧はどこにも行くことが出来ず、ただボールを目で追った。
やがて落ちてきたボールは助走をつけた直子のグラブに収まり、直後本塁へ送られる。しかし、アウトにするにはあまりにも飛距離があり過ぎた。送りバントで進塁した三塁ランナーは、スライディングをするまでもなく生還した。
球場内に怒号のような大歓声が響き渡る。二点目。流れるような攻撃が繰り広げられたその間、慧はただライトのポジションに立ち尽くしていることしか出来なかった。
続く五番バッターは右打席に入った。場内全てが和白に味方していると思われるような雰囲気の中、それでも梓は淡々と投げ込む。初球、ボール。二球目、ストライク。
「さあ来い、さあ来い!」
慧は叫んでいた。この敵しかいない状況から逃れたいと思い、しかし出来ることはなく、ただ声を出すだけだった。
直後、甲高い打球音が耳に届いた。ライナー性の打球はレフトの清の頭上を軽々越えていく。グングン加速し、そのまま勢い良くレフトスタンドに着弾した。
「そ、そんな……」
呟く声がカラカラに乾いていることに慧は気づいた。和白に向けられた歓声は大きくなる一方。香椎東は初回にいきなり三点ものビハインドを背負うこととなってしまった。