心の中に芽生えたもの
激闘の帰路を二人で歩く。
すっかり夕暮れになり、周囲の住宅や駄菓子屋がオレンジに染められている。
「今日は、疲れたわね」
「うん……」
疲労は本物らしく、華凛と二人きりならスラスラ出るはずの会話が、今この場では出てこない。いや、それは思い過ごしで元々会話なんてスラスラ出てこないでしょ、と心の中で苦笑する。
「決勝の相手は手強いけど、私達の力なら勝てない相手ではないはずよ。それに、先輩達も試合を実際に見て分析出来たみたいだし」
決起会で華凛は自らの知る情報を包み隠さず先輩達に伝えていた。恐らく亜希乃から得た情報なのだろう。豊などはその情報と今日見た試合のデータが頭でマッチしたのか、すぐに梓を隣に呼び決起会中ずっと二人で話し込んでいた。
「後は精一杯やるだけ、なんだけど……どう、不安じゃない?」
不意に、華凛はそう尋ねてきた。慧は少し固まる。
でも、伝えたいことを伝えるには今だった。そのために華凛を誘ったのだから。
「え、えっとね……不安は不安、かな。とっても……」
慧は頭の中で必死に言葉を整理して、続けた。
「……また、エラーするかも知れないし、チャンスで打てなくて、迷惑かけるかも知れない……打席に立つと手汗がすごいし、守備についてる時はいつボールが飛んでくるかって気が気じゃないし、とっても不安、かな。きっと明日起きた時、行きたくない行きたくないって、布団の中で駄々こねてると思う……でもね、華凛ちゃん。わたし、なんだか分かりかけている気がする……なんのために野球をしているのか、分かってきた気がする……まだはっきりとはしてないんだけど……」
今日の試合、慧の中には一種の没入感があった。普段は顔を出さないその感覚は、きっと慧に何かを伝えようとしていたのだ。それが具体的に何なのかはまだ分からないが、少なくとも華凛には今の状況を伝えておきたかった。
「ごめんね、行ったっきりでオチのない話で……」
「いえ、そんなことないわ」
慧の言葉に華凛は俯いたままだったが、やがて歩みを止めた。慧もつられて足が止まる。
「良かったわ」
華凛の瞳はまっすぐ慧を捉えていた。全てを包み込むような、穏やかな瞳。
「明日、見つかると良いわね」
華凛はまるで子供が初めて喋った場面に立ち会った母親のように嬉しそうな顔をしていた。慧はつい照れ臭くなってしまう。
「そ、そうだね。明日、何か分かると良いな……」
全く確信はないが何となく、明日、何かの答えが見つかるような気がしていた。