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ハードシップメークス  作者: 小走煌
13 夏の大会、決勝
171/227

食べて食べて

「全く、いつも思いつきで行動する癖はなんとかして欲しいものです」

 千春の溜め息が部室に漏れた。

「本当だぜ、もう疲れたしさっさと帰りてえよなあ。大崎、体調大丈夫か?」

 清が机に頬杖をついて隣を見る。梓はいつも通り、無言で頷いた。

 そんな三人の横で、慧は華凛と豊と一緒に固まっていた。

 準決勝の第二試合を観戦した後、捺が唐突に部室でお疲れ様会をやろうと言い出し、直子と文乃を連れ出して買い出しに行ってしまったのだ。買い出しなら下級生がやる、と華凛が進言したが「あなたたちは道具を持ってくれたから良いの、ここは先輩に任せて」と言って断られてしまった。そのため今こうしてばつが悪い思いでまとまって座っているのだ。

「先輩達、大丈夫かしら……」

 華凛がぼそりと呟く。慧は首を縦に振り、聞いていることを示した。捺達が出て行ってからもう三十分は経っている。しかし大丈夫かどうかは、知るすべはない。

 慧はなんとなく沈黙が気まずくなって呟いた。

「さっきの試合、すごかったね……」

「ええ。どっちが勝ってもおかしくなかった」

 華凛は僅かに緊張を伴う声で応えた。

「明日の相手は強い。でも、やらなきゃいけない。先輩達の最後の夏、どうしても全国に行きたい」

「ありがとうございます、伊勢崎さん」

 決意を述べる華凛に、千春が優しく微笑んだ。

「明日は自分達の持てる力を全て出しましょう。例え相手が――」

「おまたせ!」

 その時、部室のドアが猛烈な勢いで開いた。

「いやあ、大漁大漁ってね」

 捺が、直子が、そして文乃が買い物袋を重そうに持って部室に入ってくる。

「いやごめんね、ちょっと時間かかり過ぎたかな」

 そう言って捺は袋から平たい箱を取り出し、机に広げる。ピザにチキンにポテト。どれも湯気を立てて芳醇な香りを部室に充満させた。その横には直子と文乃が大量のお菓子を添える。

「まじかよ、ピザか。やるじゃねえか」

 清が身を乗り出してくる。それを「ちょっと待っててよ」と制した捺は、紙コップを全員分取り出しソフトドリンクを注ぎ、手際良く配り終えた。

「ではでは、今日の試合、お疲れ様でした。これよりささやかではありますが、これまでの試合の慰労と明日の決勝に向けた決起会を開催したいと思います!」

 かんぱーい、と部長が声を掛け、皆思い思いにドリンクを飲み出した。

「そうか、明日も試合なのか。しんどいよう」

 直子がげんなりした顔でピザに手を伸ばす。

「何言ってるの。一番しんどいのは梓よ。梓、明日も宜しくね」

 そう言って捺は梓にピザをあてがう。梓は小食なのか困ったような顔を見せるが、やがて観念したように一枚手に取って口に運ぶ。

「しかし捺、残念ではないですか? もう少しで旧友と最高の舞台で戦うことが出来た……しかし、それは叶わなかった」

 千春の言わんとすることは、横で聞いている慧にも分かった。

 準決勝第二試合、勝ったのは和白。捺と直子の同級生だった悠莉のいる天神商業は惜しくも敗れてしまったのだ。

「んー、まあ残念ではあるけど、あの子も全力だったのは見てて分かったから。お互い悔いはないんじゃないかしら」

「そうですか……それなら良いのですが」

「それより、和白のセカンドは華凛の幼馴染っていうのは本当?」

 捺はいたずらっぽく華凛の方を向く。

「え、ええ、まあ……幼馴染というよりは、中学時代のチームメイトというのが正しいです」

「当時から上手かったの?」

「チームでは一番でした。特に守備は、エラーしたのを見たことがありません」

「へー、華凛より上手いんだ?」

「それは……外野と内野なので比較は出来ませんが……」

 華凛は一言一言選ぶように答える。少し複雑そうな表情だが、友人について語る華凛はどこか嬉しそうでもあった。

「でも、明日は負けるわけにはいかないわね」

 捺の言葉に華凛は勿論です、と応じた。慧はポテトをつまみながら、明日のことを妄想した。

 きっとあの子は全国を目指している。わたしは皆に囲まれて全国に行こうとしている。でもわたし自身はどうだろう。皆のように全国を目指しているのだろうか。明日また、あの子に聞かれるかも知れない。その時わたしはなんて答えよう。

「でも、良くここまで来たよねえ、ホントに」

 直子が何枚目かのピザをほおばりながら語る。初戦の大車輪の活躍、二回戦、三回戦とタイムリーや好守でチームを支えたこと。それについて捺が突っ込みを入れる。とても和やかな雰囲気。

 慧は、この会話がずっと続けば良いと思った。この部室で、皆で和気あいあいと、これまでの戦果を語る。慧はそれを見ているだけで幸せだった。明日など来ないで、ただ皆と語っているこの時間がずっと流れれば良い。そうすれば、自分が答えに急ぐ必要はない――

「あら、もうピザないわね」

 不意に捺が口にした。机一杯に広げられていたピザは、あっという間になくなっていた。チキンやポテト、周囲のお菓子やドリンクも同様に底をついていた。

「ありゃ。そんじゃま、お開きにしますか。明日に備えて休まないとね」

 直子が一つ伸びをする。つられて皆立ち上がり、一斉に片づけが始まり、そして終わった。

「それじゃあ今日は帰りますか! お疲れ様でした!」

 捺の声に皆「お疲れ様でしたー」と続いた。後は思い思いに帰宅するだけだった。

 慧は辺りを見回し、目当ての人物を見つけ近寄る。そしてそっと肩を叩いた。

「華凛ちゃん……い、一緒に帰らない?」

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