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ハードシップメークス  作者: 小走煌
2 はじめての大会
17/227

はじまってすぐ

登場人物


若月慧(わかつきけい)

高校一年生。文芸部へ入部する決意を固めたものの、野球部へ入部させられてしまう。褒められて伸びる一面をもつ。ベンチから初戦を観戦。


伊勢崎華凛(いせさきかりん)

高校一年生。慧を野球部に誘う。周囲の視線を奪う容姿の持ち主であり中学時代は名のある選手だったらしい。ただし硬式野球は高校から。四番ファーストで初戦に出場。


天宮捺(あまみやなつ)

高校二年生。野球部部長。楽天的な性格。三番キャッチャーで初戦に出場。


近藤千春(こんどうちはる)

高校二年生。野球部副部長。真面目な性格。二番センターで初戦に出場。


林直子(はやしなおこ)

高校二年生。基本的にテンションが高い。一番ショートで初戦に出場。


吉田清(よしだきよ)

高校二年生。男のような風貌をもつ。思ったことは口に出すタイプ。五番レフトで初戦に出場。


久留米国際高校の面々

対戦相手。

「礼!」

「おねがいしまーす!」

 挨拶を終えた途端、対面の選手達がグラウンドの方々へ散っていく。この試合の相手である久留米国際高校の面々だ。白を基調にしたユニフォームで、アンダーシャツとストッキングは濃い赤色をあしらっている。

 対する香椎東高校はクリーム色のユニフォーム。メンバー間ではこのデザインに賛否両論あるようだ。もっとも、これまで野球のユニフォームに注視したことなどない慧にとっては、それは大きな問題ではなかった。

「じゃ、行ってくる」

 ヘルメットを被り、銀色のバットを威勢良く振り回したのは直子だった。

「頼むわ」

「任せっしゃい!」

 相手投手の投球練習が終わろうとするタイミングで、直子は意気揚々とバッターボックスに向かっていった。

「ついに始まったわね……」

 捺はひとりしみじみと呟く。

「……みんな、今日は頑張っていきましょう!」

 ひとつ息をつき、一瞬で切り替えを行った捺は部長らしくチームを鼓舞した。ベンチは一層意気が上がる。

 そんな中、慧は前の手すりに肘をつきグラウンドを見渡した。

「うわあ……」

 試合前は周りを見る余裕が無かったが、改めてグラウンド全体を見回すとその広さに驚く。慧のいるベンチから対岸のフェンスに到達するまで、走ってもどれ程かかるか分からない。直子が向かったバッターボックスすら非常に遠くに感じる。

「どうしたの、ボーッとして」

 横から声をかけてきたのは華凛だった。慌てて状況を説明する。

「あ、あの、すごい広いな、って……」

「今さらね」

「ご、ごめん……」

 呆れたような華凛の口ぶりに、思わず俯く。

「ふふっ……まあでも、その通りね」

 華凛は慧の横に並んで、グラウンドを眺めた。

「ここは県でも一番の球場だから。ここで試合出来るのは割と幸せなことなのよ」

「……」

 慧には球場の価値など分からない。しかし、どこか感慨にふけるように、独り言のように語る華凛の横顔がやけに印象に残った。

「華凛ちゃん……」

 その姿からはどこか儚さのようなものが感じられた。普段の頼もしさも、この瞬間だけは影を潜めているように慧には見えた。

「……華凛ちゃんも、緊張する?」

 先程、華凛の震える指を目撃していた慧は思わず本人にその胸の内を聞いていた。唐突な質問に華凛は驚いたような表情を見せる。

「そうね……」

 一度俯いて、それから慧の顔を見据える。

「しない、と言えば嘘になるかしら」

 そう話す華凛の表情を見た慧は思わず目を見開いた。その言葉とは裏腹に、表情に怯えの色は一切無かった。

「でも、そうも言ってられないしね。もうやるだけよ」

「……」

 華凛は緊張と戦い、乗り越えたのだろう。慧は華凛の瞳から、薄れていた頼もしさが戻っているのを感じた。

「すごいな、華凛ちゃん……」

 華凛から目を逸らし、地面を見て慧は呟いた。

 今の自分には到底出来ないことを華凛はやってのけている。その事実に、下を向かずにはいられなかった。

 そんな慧を華凛はキョトンとした顔で見ていたが、やがて何かを思い出したようにグラウンドを見る。

「ごめん、そろそろ出番だから行くわ」

 せわしなくヘルメットを被り、バットを選別する。

 慧がバッターボックスを見ると、そこには捺が入ろうとしていた。いつの間にか華凛の打順がすぐそこまで迫っていた。

「ひとつ頼みますよ、伊勢崎さん」

 グラウンドから戻ってきた千春が華凛に声をかけ、ヘルメットを元の位置に並べた。

「ナイスバントだったぜ」

 清が歩み寄り、千春を迎える。清の差し出す手に気付き、ふたりはハイタッチを交わした。

「バントは苦手ではありませんが、久し振りだと流石に緊張しますね」

 一仕事終えた表情で打席の感想を口にする。どうやら直子が出塁し、千春が送りバントを決めたらしい。ふたりのやり取りを聞いた慧はグラウンドを見る。直子は二塁ベース上でベンチに背を向けてせわしなく外野の方をキョロキョロと見ていた。

「さて、捺も久々の実戦ですか」

「アイツは簡単に打つからな。ブランクは関係ないんじゃねえか」

「そうかも知れませんね」

 清と千春は捺に熱のこもった視線を送る。それを背中に受けながら捺は左打席に入った。バットを一度ホームベースに触れ、そのままピッチャーを一瞬だけ指した。そこからバットをやや投手寄りに揺らして構える。

 洗練されたその構えからは一種の風格を感じる。慧は思わずその後ろ姿に見とれていた。

 次の瞬間。

 相手投手の投じた初球を、無駄のないスイングが捉えた。打球は鋭いライナーで瞬く間に右中間のど真ん中に到達した。一度、二度、ボールが弾む。

「っしゃ!」

 心地良い金属音が耳に残っているのもお構い無しでベンチが沸く。歓声が止まない間に直子が一気にホームベースを駆け抜けベンチに帰ってくる。捺は悠々と二塁に到達していた。

「よっしゃよっしゃ、やったねっ」

 直子は嬉しそうにベンチの皆に手を差し出してくる。

「やりましたね」

 千春を先頭に、全員とハイタッチを交わす。

「久々だってのに、幸先いいねえ」

「そうですね。流石は捺、と言ったところです」

「さて、お次はウチが誇る四番の登場ですか」

 ヘルメットを脱いだ直子が視線を送る先には、今まさに右打席で地ならしをする華凛の姿があった。

 ――華凛ちゃん、頑張れ……!

 瞬時に訪れた緊張に阻まれ大声を張り上げること叶わず、遠くに離れた華凛に対して心の中で声援を送る。

 そんな慧の気持ちが届いたわけではないだろうが、奇しくも同じタイミングで華凛はバットを高く構えた。

 相手投手がセットポジションから第一球を投じる。乾いた音がキャッチャーミットを鳴らした。

「ボール!」

 第一球目はボールの判定。相手投手は息をつかせず二球目を投じてくる。

「……ボール!」

「おぉ、よく見たねえ」

 直子が感嘆の声を上げる。一球目は比較的ボールと判別しやすい球だったが、この二球目はホームベースの近くを突き、よもやストライクかと思わせるコースだった。しかし華凛は見切った。

「しっかり見えているようですね」

 堂々とした華凛の所作に千春も頷く。


 ――よし。

 華凛は打席上でひとつ息を吐いた。

 ――今のは見逃して正解……仮にストライクでもまだ勝負出来るけどこれで断然こっちが有利。

 華凛の雰囲気に圧されたのか相手投手は逡巡し、足をプレートから外す。一呼吸した後、再びセットポジションに入る。

 自分を落ち着かせるために取ったこの行為はしかし、結果として華凛にも余裕を与えることになった。

 ――初回からランナーを抱えたくはないはず。ここは確実にストライクが欲しい場面。

 相手投手が三球目を投じる頃には、既に華凛はこの打席でどうするか、方針を固めていた。

 ――ここ!

 狙いよりやや外寄りのボール。しかし華凛は迷いなく振り抜く。

 バットの芯で捉えられたボールは、勢い良く三塁手と遊撃手の間を駆けて行った。

「さすが!」

 華凛が球を捉えた瞬間を直視していた捺は判断良くスタートを切る。みるみるうちに加速し、左翼手がバックホームを諦めるスピードでホームベースへ到達した。

「やった!」

 一塁側ベンチは再び沸いた。ゆっくりと一塁ベースへ到達した華凛は左翼手の中継への返球を確認した後、ベンチへ振り向いた。

「さすが四番!」

「やるー!」

 皆が思い思いの声援を送る。それに気づいた華凛は照れくさそうにガッツポーズを作った。


 後続は倒れ、香椎東高校が二点を先制した形で一回表は終了した。

「華凛ちゃん!」

 ベンチに戻って来る華凛を、慧はファーストミットと帽子を持ち出迎えた。

「……ありがとう」

 思わぬ厚遇だったのか、華凛はばつが悪そうに礼を言う。

「やったね! とってもいい当たりだったよ!」

 興奮が収まらない慧とは対照的に華凛は冷静さを崩さない。

「でもまだ初回だし、これから締めていかないと」

 そう言うなりファーストベースへと向かう。慧はその後ろ姿に伝え足りない思いを投げた。

「華凛ちゃん、頑張れ!」

 華凛は振り向かず、右手を上げて応えた。

 その背中は、ベース上で見せたガッツポーズ同様、どこか照れくさそうにしていた。

20151012

・前書きに登場人物を追加しました。

・本文に以下の修正をしました。


一呼吸間を置き、

一呼吸した後、


左翼手がバックホームを試みるのを諦めさせる

左翼手がバックホームを諦める


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