ジュース
「ねえ、ジュース飲みたくない?」
「ジュース?」
唐突に発せられた甘い単語に、豊が真っ先に反応した。華凛はニヤリと笑みを浮かべる。
「そう。ただし条件があるわ」
「どんな条件すか」
「ジャンケンよ」
「なに、まさか負けた方が勝った方におごる、とかっすか?」
華凛は当然と言わんばかりに頷いた。
「はっ、ガキじゃあるまいし。なんでこんなことで争わなきゃならないんすか」
「あら、嫌なら良いのよ。汗かいた後のキンキンに冷えてて甘くて美味しい飲み物をせっかくタダで飲める機会をむざむざと見過ごすだけだものね」
「……ほう、後悔しても知らないっすよ」
華凛が挑発に乗りやすいのは経験済みだが、まさか豊もそうだとは。そもそも豊は本来飄々と挑発する側なのでは。
「言ったからには本当に払ってもらうっすからね」
豊が腕まくりのポーズをしてそこからさらに腕をグルグル回すのを横目に、慧は重過ぎるバットケースを地面に下ろした。もうこのまま黙って二人のやり取りを見ていることにする。先輩達がどんどん視界から消えていくが、そこには触れないことにした。
「さて、それなら慧も当然参加するわよね?」
気を抜いたその時、ニッコリと、華凛が今まで見せたことのないような優しい笑みを慧に向けてきた。背筋が凍るほどの威力。慧はその場から逃げ出したくなったが、逃げられないことは本能で理解していた。
「う、うん……やります……」
辛うじて返事したところで、謎のジャンケン大会のカウントが始まった。じゃーん、けーん……。
「ポン!」
初手は全員グー。試合かと誤認する緊張感が場を包む。
「どうやら気が合うらしいっすね」
「そうみたいね」
二人は剣呑な笑みを浮かべる。その不気味な雰囲気に気圧されてしまう。
「あい! こで!」
虚をついた華凛の掛け声。心臓が瞬間的に高鳴るのを感じながら「しょ!」のタイミングで慧は二手目を出した。
「……勝負、あったわね」
突如開かれたバトル、決着。その敗者は、
「いやあ、すいませんね若月サン」
なんと慧自身だった。目の前が真っ暗になりそうだった。
「じゃ慧、ルールにのっとって、よろしくね」
「ええ、ほんとに……?」
本当は参加したくなかったのに、とは言わせない空気が漂っていた。仕方なく自販機の前に移動し、財布を取り出す。
「……あっ、一万円札しかない」
慧は自分でも驚くほど間の抜けた声を出してしまった。
「あら、仕方ないわね。豊、立て替えてもらえる?」
「いやおかしいっすよ。ここは発案者である伊勢崎サンが立て替えるべきだと思うっすね!」
豊は一歩も引かない。華凛はウーンと唸り、渋々財布を取り出した。
「あら、私も札しかないわね。とりあえず千円入れるから、好きなの押しなさい」
そう言って、千円札投入口の蓋を開きお金を入れる。慧はなんとなくその様子を見ていた。
「……ん?」
華凛の手は小刻みに震えていた。緊張でもしているのだろうか、試合は終わったのにヘンな華凛ちゃん、などと思っていたら「伊勢崎サン」と豊が割り込んできた。
「アンタ、どうかしたっすか?」