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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
167/227

香椎東対柳川女子:夏50

「さ、行きましょ。最終回!」

 ベンチへ戻ると、捺が真っ先に守備へ飛び出して行った。残りのメンバーも次々にそれぞれのポジションへ向かう。どうやら皆、この守備をしっかり全うすることに気持ちが切り替わっているようだ。

 慧は皆に後れをとらないよう準備し、ライトへ向かう。ボール回しが終わり九回裏が始まると、梓が待ちきれないと言わんばかりに一球目を投じた。ストライク。これが最終回とは思えないほどいつも通りの梓だった。

 慧はふと、空を見上げる。どこを探しても雲一つない。すがすがしいほどの青空の下、この戦いは行われたのだ。蘭奈にひたすら苦しめられ、それでも懸命に立ち向かい、華凛の一発が香椎東を楽にした。そこから真綿で首を締めるようにじわりじわりと追い詰められても、耐えて耐えて耐えきって今がある。残り三人。あと三つのアウトを取れば、それで香椎東の勝ちだ。

「ショート!」

 その時、弱いゴロがショートを守る捺の前に転がった。捺は恐れず前進し、なめらかな捕球からファーストの華凛へ送球する。

「オッケー、ワンアウト!」

 ボールは華凛から豊、千春、文乃、そして捺へと順番に送られ梓へと戻った。これであと二人。

 梓のみならず、この場の誰もが普段と変わらない。その様子に慧は頼もしさを覚えると共に、この試合ずっと香椎東を苦しめたキャッチャーのことを思い出した。

 あのヒトは、ずっと苦しそうにしていた。試合中にブツブツ呟いたりして、明らかに秋とは違っていた。その理由は、お姉さんと野球が出来ないからだったのだろうか。それなら、最後に少しだけ一緒に野球が出来たことは本当に嬉しかったのか。あれだけ苦痛に顔を歪める姉を見て、そこに喜びを見出していたのだろうか。本当に?

「センター!」

 八番打者の打球が外野に飛んだ。しかし慧のところではない。直子が余裕をもって落下点に入り、危なげなく捕球した。ツーアウト。

 あと一人。バッターは、本日リリーフピッチャーとして登場した玲央だった。背筋をピンと張り、ゆっくりとバットを高く構える。

 あのヒトは何を思うのだろうか。最後の大会に万全のコンディションで臨めない無念か。それとも、最後の最後で躍動出来た喜びか。

 梓はあくまで淡々とボールを投じる。一球目、空振り。二球目、空振り。瞬く間にあと一球となった。

 玲央はスイングの度に痛そうに肩を押さえた。これが果たして本当に幸せな姿なのだろうか。慧にはもはや分からなかった。

 では、自分はどうだっただろう。試合に出たくなかった自分がこの死闘に関わり、皆と一緒に走り、何を得ただろう。野球が楽しい? いや、そうじゃない気がする。ならいったい――

「ストライク! バッターアウト!」

 その時、球審のコールがグラウンド中にこだまし、会場が一際大きく沸いた。長い戦いが、遂に終わったのだ。

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