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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
165/227

香椎東対柳川女子:夏48

 しかし、これで状況はワンアウト満塁へと変わった。もう一人の出塁も許されない。出塁イコール失点という恐ろしい状況。一体どうすれば切り抜けられるのか――そう思った次の瞬間、梓が早くも投球を開始した。

「ストライク!」

 相変わらずのコントロール。ライトからでははっきり分からないが、きっとコース一杯のはずだ。それに加えて今のボールには威力もあるように見えた。限界が近いはずなのに、この力はどこから出てくるのか。

 次の球。慧はガクッと膝をつきそうになる。緩いスローカーブ。大会を通しても数球しか使っていなかったボールをここで使った。バッターも慧のように虚を突かれたのだろう、ゆっくり通る球をじーっと見逃しストライクとなった。

「ナイスボール!」

 会場全体の歓声に負けない声が内野から発せられ外野まで届いてくる。これで五番バッターを追い込んだ。

 しかし油断は出来ない。さっきは相手の四番にボールを引っ張られていた。甘く入ると捉えられるに違いない。ましてや二塁ランナーはあの蘭奈。打球が飛んできたらこれまでで一番のスピードで内野に返さなければ。出来るだろうか、果たして自分に――そう考えていた慧は、梓のボールがバットを避けるように豊のミットに吸い込まれるのを見て腰が抜けそうになった。

「ツーアウト!」

 香椎東ナインの声が歓声に負けじとグラウンドを駆け回る。三振。守っている身、特に慧のようにいつエラーするか分からない身からすると理想的なアウトの取り方。慧は深く息を吸い、吐き出した。これなら打球が飛んできても大丈夫かも知れない。この状況を生み出してくれてありがとうございます――慧はそう思いながらマウンドを見た。梓が投球動作に入る前に、ストレッチのように両腕を左右に広げているところだった。

 その後ろ姿は、黙って部員たちの一番後ろにひっそりと佇んでいる普段の梓からは想像出来ないような、包み込む暖かさを伴っているように思えた。まるで「安心していろ」と言われているかのようだった。

 直後、梓はセットポジションに入る。そして第一球。バッターは手が出ない。ストライク。間髪入れず第二球。これまた手が出ない。ツーストライクとなった。

 良いボール――と声を出そうとする暇も与えず、梓は三球目の準備に入り、そして投げた。この試合でも何度も投じている伝家の宝刀スライダー。六番バッターのバットは空を切った。

「やった! ナイスピッチング梓!」

 すかさず捺が駆け寄り梓に抱きつくのが見えた。ナインはベンチに戻りながら次々に梓に触れていく。

 たった今投じられた三球のあまりの壮絶さに、慧は何も考えられなかった。頼りになるとかそんな話ではなく、まるで鬼神が宿ったような凄味があったのだ。

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