表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
164/227

香椎東対柳川女子:夏47

 ボールと共にスタートを切ったように見えた蘭奈はしかし、そこから急停止し、第一球をミットに収めた豊が立ち上がった時には一塁ベースへ戻っていた。

 フェイント。蘭奈はスタートを切るだけ切っておいて実際には走らなかった。なんて紛らわしい、と慧は思ったが、同時に不穏な感じもした。これはやっぱり、タイミングさえ合えばいつでも走れるという意思表示ではないか。

 梓は悠然とセットポジションに入る。そしてそこから目にもとまらぬ速度で一塁へ牽制球を放った。大きくリードを取っていた蘭奈はヘッドスライディングで戻る。ボールを受けざま華凛がすかさずタッチした。

「セーフ!」

 塁審の手が水平に広がった。刹那のタイミング。ちょっとでも蘭奈の戻りが遅れていたらアウトだった。

「あー、惜しい……」

 慧は呟き、そして首を左右に振った。いけない。ぼーっと見ている場合じゃない。一塁に牽制球が入ったらライトはファーストのカバーに走らないといけないんだった。心の中で反省し、慧は次に備え構える。

 しかし今度は梓は牽制しなかった。豊めがけて渾身のボールを投げ込む。バッターも鋭いスイングで応える。ボールは捉えられ、三塁線を抜けて行った。

「ファール!」

 危ない。際どいところだった。もしフェアになっていたら同点、更に得点圏に逆転のランナーを背負う最大のピンチだった。

 梓先輩、頑張って――慧は声に出そうとしたが、声にならない。柳川女子の応援団による大歓声が球場を包み込んでいるからだ。まるで会場全体が敵。香椎東の味方はいないのか。

「外野、ワンアウト!」

 慧が俯きかけたその時、誰かの声が届いた。顔を上げると、華凛が人差し指を立ててこちらに合図していた。

 ありがとう、華凛ちゃん。心の中で礼をしながら「ワンアウト!」と自分に出せる精一杯の声で返す。気づけばナイン全員が声を張り上げていた。皆に頼ってばっかりではいけない。慧もどうにか声を出す。

 梓がゆっくりと投球動作に入った。糸を引くようなストレートは、またも三塁方向に弾き返される。

「千春!」

「はい!」

 打球はサード、千春の正面。低いバウンドのそれを千春は堅実に捕球――しようとしたがボールはグラブに当たってこぼれた。

「あっ……!」

 慧は思わず叫んでしまった。そしてボールを弾いてしまった千春は直後、なんと三塁ランナーを見た。ランナーの動きが一瞬止まる。千春はその隙にすかさずボールを拾い、三塁ランナーの元へまるでダイブするかのようにタッチに行った。三塁ランナーも慌てて戻る。

「……セーフ!」

 一瞬迷った塁審のジャッジはセーフだった。会場は一気にどよめく。

「惜しい、千春良い判断!」

 近くから、遠くからナインが千春にグラブを叩きながら声を送る。慧は瞬時に行われたいくつもの判断に、溜め息をついた。

 打球は確かに低く鋭い、困難なものだった。恐らく千春は本当にファンブルしたのだろう。しかし、普通ならすぐにボールに行くはずの目線は、まず三塁ランナーに向けられた。最も得点に近いランナーに気を配る余裕、そして目線で牽制する機転。そして間に合うかも知れない一塁ランナーを捨ててでも三塁ランナーを刺そうとする胆力。慧は自分だったら焦ってボールを拾って一塁に悪送球して終わりだと思った。このプレーは目立たないかも知れないが、千春の能力の高さを証明するには充分といって良かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ