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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
158/227

香椎東対柳川女子:夏41

 ケガをおしての全力投球。

 それが体にどれほどダメージを与えるのか、慧には想像もつかない。しかし、慧にとって最も身近なケガを抱える人はいつも涼しい顔でプレーしている。痛みを堪え、動けない屈辱を堪えそれでも野球をやるには、きっと人間離れした精神力が必要だろう。

 慧はベンチに下がりながら玲央の後ろ姿を見る。その表情は窺い知れない。クールを決め込んでいるのか、それとも鬼の形相か。いずれにしても、相当な覚悟をもってこの闘いに臨んでいるに違いない。

 そして、そんな人を相手取る香椎東には暗雲が立ち込めたと言っても良いだろう。一点のリードがリードに感じられない。守備に就きながら皆の顔をチラリと見るが、誰もが考え込むような、苦虫を噛み潰したような表情をしている。これは、この回は今まで以上に集中しなければならなさそうだ、と慧はグラブを一つ叩いた。

「ファースト!」

 瞬間、地を這うゴロが華凛の足元を襲う。背後から見る華凛は、いかにも冷静といったような振る舞いで打球を処理した。ワンアウト。

 華凛もケガを抱えてここまで闘ってきた。玲央のケガとの程度の差など分からないが、きっと通じるものがあるはずだ。そして負けられないと思っているだろう。

 なんて強い、と慧は思った。自分にはそんな覚悟はない。自分が思うのは、ただ緊張しないように、ミスしないように、皆に迷惑を掛けないように――

「ライト!」

 自らを呼ぶ声に、慧は反射的に動いた。フラフラと上がる打球はゆっくり慧の位置までやって来る。数歩動いて、あとは待っているだけでボールは慧のグラブに収まった。

「ナイスキャッチ、慧!」

 皆が声を掛けてくれる。慧はボールを返し、なんとなくこそばゆい気持ちを噛みしめる。

 自分に覚悟なんてない。ちょっと褒められたら気分良くなって、エラーしたら消えたくなって、それの繰り返しだ。身体に爆弾を抱えてまでプレーなんて出来ない。物言わぬグラブがなんとなく憎たらしくなって一度叩く。

「……あっ」

 その時、打席に入る九番打者が目に入った。玲央だ。彼女にとってはこれがこの試合初打席となる。

 今も肩の痛みを我慢して打席に立っているのだろうか――構えながら考えていると初球が投じられた。ストライクだ。梓は間を置かずに投球した。これもストライク。たったの二球で追い込んだ。更に間髪入れず三球目を投じる。

「ファール!」

 玲央の打球は一塁側、柳川女子ベンチへ飛び込んだ。振り遅れの打球だった。梓は構わないというように四球目を投じる。

「ファール!」

 またも一塁側に打球が飛ぶ。梓がテンポ良く五球目を投じる。ファール。六球目。またファール。

「す、すごい……」

 決して前に飛ぶ気配があるわけではない。しかし玲央はファールにし続けた。七球、八球、九球。ついに十球目となった。

「ファール!」

 これもファール。玲央から最も遠い位置にいながら、慧は体が小刻みに震えて仕方がなかった。これが本物の覚悟。慧には決して真似出来ないであろう境地。

「ファースト!」

 十一球目。ファースト後方に打球が上がった。華凛は目を切って背走し、すぐに振り向く。手際良くボールを捕球しスリーアウトとなった。

 華凛はこの打席に何を思っただろう。慧には分かるはずもない。ただ、せめて心が疲れてしまわないように、ただそれだけを願った。

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