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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
157/227

香椎東対柳川女子:夏40

 後ろから見る玲央の投球は、圧巻という言葉でも足りなかった。

 こちらまで音が聞こえてきそうな凄まじい初速。そこから蘭奈のミットに収まるまで、呼吸も、瞬きすらもする暇がない。轟音に似た重低音が蘭奈のミットから鳴り響いた時、慧はやっと一球目が投じられたことを理解した。

 打席の千春はバットを二握りほど短く持ち直した。コンパクトに振れば打てるという算段があるのだろうか、それとも、考えたくはないが半ば降参の意味合いなのだろうか。

 玲央はセットポジションからゆっくり投球動作に入り、第二球を投じた。その様は、まるで丹念に弾を込められ発射された大砲のようだった。古代の決闘にそのまま参加していても違和感はない。

 速い。それだけではない。仮に当たってもとても前に飛びそうもない。たったの二球だが、千春は堪え切れないといったように打席を外し、ヘルメットを脱いで汗を拭った。

「ナイスボールです、姉さん……!」

 蘭奈の声がマウンド越しに二塁ベースまで届いてくる。その声はどこか震えを伴っているようだが、そのおかげで慧はこの二球、自らが離塁を忘れていることに気づいた。牽制せずして走者をはりつけにする威圧感。とても肩を痛めている人間とは思えなかった。

「次が、とどめだ」

 かすかに聞こえる声でそう呟き、玲央は三球目を投じた。千春は懸命にバットを出すが、当たる気配はなかった。三球三振。つい先ほどまで歓声に充ち溢れていた香椎東ベンチからは、もはやなんの声も聞こえなかった。

 一方、俄然沸いているのは柳川女子ベンチと、会場全体。ことによれば華凛が満塁弾を放った時以上かも知れないそのどよめきは、いかに玲央が圧倒的な投球を見せているかを物語っていた。

「捺、頼む!」

 その時、一塁ベース上で直子が声を振り絞った。打席には、三番バッターである捺が入った。この試合全打席四球、一度もバットを振っていない捺である。満塁のこの状況では四球すなわち失点。つまり、相手側からすれば勝負するしかないわけだが、玲央、蘭奈のバッテリーからは不安や焦りの気配が一切感じられなかった。

 捺先輩、お願いします――二塁ベースをかろうじて少し離れ、慧は祈った。その瞬間、玲央がこれまで以上に足を高く上げ、第一球を投じる。快速球を上回る剛速球。捺のバットは、空を切った。

「そ、そんな……」

 慧は信じられなかった。あの捺がこれほどまでに見事な空振りをするとは。しかし、玲央は待ってはくれない。すぐに第二球を投じた。

 キン、とかすかな音を出し、ボールはバックネットに飛び込んだ。ファール。ヒットではないが、バットに当たった。思わず慧は安堵してしまう。しかしすぐに気分が悪くなる。バットに当たってホッとするというこの事態が既に異常なのだ。

 蘭奈の送球を受け取り、玲央はマウンドを丁寧にならす。そしてセットポジションに入り、呟いた。

「……終わりだ」

 玲央は肩がちぎれるのではないかと思わされるほど強く腕を振った。この試合一番の剛球に、捺も最高のスイングで応える。

「ストライク! バッターアウト!」

 しかし直後響き渡ったのは綺麗な打球音ではなく、球審の無慈悲なコールだった。

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