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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
154/227

香椎東対柳川女子:夏37

「あちゃー、また代わったか」

「えっ、うそ」

 直子の心底残念そうな声に捺が反応した。グラウンドに目をやると、見たことのないピッチャーが投球練習をしていた。どうやら三番手らしい。

「うーん、さっきのピッチャーで色々考えてたから参ったな……」

 腕を組んで唸る捺の横で、慧は新しく出てきたピッチャーを眺めた。どこか機械的に見える振りかぶってから投球までの一連の流れは、これまでの二投手にとても良く似ていた。

「なんか出鼻くじかれた感じっすね……ま、とりあえず行ってくるっすよ」

 豊はいつもの調子でバッターボックスへ向かう。その後ろ姿を見て、なんとなく打ちそうだと慧はぼんやり思った。守備側、打席共に準備が整い、第一球。

「ストライク!」

 球審が勢い良くコールする。豊は悠然と見逃した。

「まさか初球から手を出さないか心配だったけど、そこはさすが豊ね」

 いつの間にか慧の隣には華凛がいた。その横顔に目を向けると、逆に華凛の方からこちらに目を合わせてくる。

「どう、このピッチャーなら打てそう?」

「う……ま、まだ分からないよ……」

 慧はマウンド上に目をやり、必死に情報を集めようとする。しかし、どこに目をつけたら良いのか分からない。何から何までさっきまで出ていたピッチャーとそっくりで頭が混乱しそうになる。助け舟を出そうと華凛を見る。華凛は優しい笑みで、慧の肩に触れた。

「良い、リラックスしてやれば結果はついてくるから」

「そう、その通りよ」

 不意に訪れた強気な声。後ろを振り向くと、そこには捺が腕組みしたまま立っていた。

「パッと見て、だけど今のこのピッチャー、さっきまで投げてた二番手と力の差はないわ。配球に惑わされなければ皆打てるはずよ」

 その時「はっ!」という威勢の良い掛け声と共に金属音が鳴り響く。豊がピッチャーの横を抜くセンター前ヒットを放ったところだった。

「ほらね! 豊、ナイスバッティング!」

 声援を送りながら、捺は打席に入る梓に対してサインを出した。

「慧、ちょっと」

 直後、捺に腕を掴まれベンチの奥へと連れてこられる。

「ど、どうしたんですか、いったい……」

「梓にはバントのサインを出したわ。良く聞いて」

 バント。ということは、ワンアウトランナー二塁で自分に回ってくるということか。

「あのピッチャー、浮足立ってるわ。多分ストライクを取るのにも苦労するはず、慧は小柄だから余計にね」

「そ、そうなんですね……」

「そこで、追い込まれるまではバットを振らないで待つ。ツーストライクになったら、来た球を思いっきり叩きつける。それだけ徹底して、良いわね」

 いつになく真剣な捺の瞳。慧は黙って頷くことしか出来なかった。

「ナイスバント!」

 その時、香椎東ベンチが歓声に沸いた。梓が見事な送りバントを決めたのだ。

「慧、あなたなら出来る。行ってらっしゃい」

 捺はそう言って慧の背中を叩いた。それがスイッチとなり慌ててヘルメットを被り、最も軽いバットを持ち出し、打席へ走る。

「お、お願いします……!」

 マウンドに向かって一礼すると、それを待っていたかのように相手投手が動き出す。セットポジションから第一球。慧はタイミングだけを取り、振らない。捺の言う通り、ストレートは外角に外れボールとなった。

 やった。もしかしたら振らなくて良いかも知れない。そう思った次の瞬間、早くも第二球が投じられた。今度はストライク。同じように見送った。

「手間取るな、こんな相手に」

 不意に、極小のボリュームで声が聞こえてきた。声の主は間違いなく蘭奈。しかし、聞いてはいけない。今は部長より指令を受けている身。それを実行しなくてはならない。決意を新たにしたその時、三球目が投じられた。ボール。一球目と同じようなコースだ。

「真ん中で良い」

 また声がする。今も虚ろな目でピッチャーにサインを出しているのだろうか。この熱気の中にあってまるでゾンビのようなあの目で。

 慧は思わず身震いしたが、それでも捺の言葉に従うのみ。第四球、振らない。本当に真ん中を通ってストライクとなった。

 よし、叩きつける――慧は短く息を吐いた。気持ちが高揚しているのが分かる。慣れてきたか、これまでの打席に比べて手の汗もあまりない。まだ蘭奈が何か言っているが気にしない。第五球。

「えいっ……!」

 慧は大根切りの要領で思いっきりバットを上から出した。ボールは、弱い勢いで三塁方向に向かって転がっていく。

 走る。サードが捕るのかピッチャーが捕るのか、それともキャッチャーか。多分、ちょうど間の際どいところ。だけどそんなの関係ない。走る。とにかく走る。捺の指令を果たすため。そして――

「セーフ!」

 一塁ベースを駆け抜けた直後、塁審の声が聞こえた。どうやら間に合った。誰が捕って投げたかは後で華凛に聞こう。そう思って三塁ベンチを見ると、捺が、華凛が、香椎東ナインが拍手、ガッツポーズ、皆バラバラの仕草で、一様に喜びを表現していた。

「ナイスラン、慧!」

 一塁ベースまで届くその声に慧は顔が赤くなるのを感じた。ベンチを直視するのが難しかったが、下を見ながらどうにか会釈することが出来た。

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