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ハードシップメークス  作者: 小走煌
2 はじめての大会
15/227

時を経て初陣

登場人物


若月慧(わかつきけい)

高校一年生。文芸部へ入部する決意を固めたものの、野球部へ入部させられてしまう。野球の腕は少しずつ上達中。


伊勢崎華凛(いせさきかりん)

高校一年生。慧を野球部に誘う。周囲の視線を奪う容姿の持ち主であり中学時代は名のある選手だったらしい。高校ではファーストに挑戦する。


天宮捺(あまみやなつ)

高校二年生。野球部部長。慧と華凛の入部を誰よりも喜んだ。


近藤千春(こんどうちはる)

高校二年生。野球部副部長。真面目な性格。


林直子(はやしなおこ)

高校二年生。基本的にテンションが高い。


中川幸(なかがわさち)

高校三年生。眼鏡をかけている方。おっとりしている。ピッチャー。マウンドに立つと気性が若干変わる。


佐倉千秋(さくらちあき)

高校三年生。眼鏡をかけていない方。おっとりしており後輩の面倒見が良い。サード。


吉田清(よしだきよ)

高校二年生。男子のような風貌と長身。周囲からは畏怖の対象として見られるが善悪の分別が無いわけではない。


内藤(ないとう)

野球部顧問であり化学教師。しかし野球のことは全く知らない。


二年生2、二年生3

未知。

「昨日はちゃんと寝たの?」

「うん。いつも通りだよ」

 慧の返しが意外だったのか、華凛は一瞬だけ目を丸くし、しかしすぐに平静さを取り戻して言った。

「そう……あんた意外に緊張とかしないのね」

「そりゃ試合に出るかも知れなかったらぜったい緊張するけど……十人いるからぜったい出ないってわかるんだもん。気楽だよ」

「それは分からないわよ。誰かケガでもしちゃったらその時は慧が出るほかないんだから」

「えっ!? それは……やだなあ……」

「全く、どれだけ試合に出たくないのよあんたは」

「うっ……ご、ごめん……」

 嫌みにも和やかさが滲み出る程穏やかな雰囲気で言葉を交わしながら、ふたりは歩いている。

 自分が試合に出ることはないと確信している慧はリラックスモード全開で、一方の華凛は落ち着いた様子ながらどこか張り詰めた空気を発している。

 ふたりは共にある場所を目指していた。制服姿に野球鞄を担ぎ電車とバスを乗り継いで、今、目的地までの一本道を歩いている。

「先輩たち、もう着いてるかな……」

「そうかもね。早く出るって言ってたから。まあ集合時間に間に合えばとりあえず良いでしょう」

「そだね……」

 並木道を並んで歩く。太陽はこれでもかと言わんばかりに照っている。それを避けるため、木陰へ木陰へと隠れながら進む。

「なんか、これまであっという間だったね」

「……そうね。思い返せば早いものだわ」

 慧の言葉に、華凛は遠い目をする。

「慧もだいぶ部に馴染んでくれたみたいで嬉しいわ」

「みんないい人だから、楽しいよ……野球はむずかしいけど」

「ふふっ、そうね」

 慧と華凛が香椎東高校女子野球部に入部してはや三ヶ月が経過していた。部員が十名になったことにより、部長である捺や三年生の幸、千秋がやる気をたぎらせ、それに乗せられる形で他のメンバーも練習に取り組んだ。

 慧自身もまた、これまでの練習により少しずつながら野球の動きが身についていた。まだ随所にぎこちなさはあるものの、少なくとも入部当初よりは上達している。

 初めてのグラウンド練習であれだけ怒鳴られた清からも罵声を浴びることは無くなっていた。最も、本人も言い過ぎたという反省の念があったらしく、後日謝罪ととれるような言葉を慧は貰っていた。

「――でも」

 しばしの沈黙を華凛が遮る。

「出来れば練習試合がしたかったんだけどね」

「そ、そうなんだ……やっぱり大会が最初の試合じゃ不安なものなの?」

「そりゃそうでしょ。ましてや皆久々の試合だし、不安がない方がおかしいわ」

「そ、そっか……」

 事の重要さを掴みきれない慧とは対照的に本気で残念そうな様子を見せる華凛に「わたしは気楽だから試合なんてなくてよかったけどね!」とはとても言えなかった。

「……さて、着いたかしら」

「あっ……」

 視界の右側に、巨大な外壁が見えてくる。耳の遠くで応援団の喝采が聞こえる。そこは県内屈指の規模を誇る野球場だった。

 本日、この野球場において夏の県大会第一回戦が行われる。つまり香椎東高校の初陣である。

 この日に向けてメンバーはしっかり練習に励んだものの、昨年度をどの大会にも参加せず過ごした影響から、本日に至るまで練習試合を行ってくれる相手をついに見つけることが出来なかった。その事実が華凛の心に不安の影を落としているということだろう。

 しかしそれは華凛のみならず、最後まで他校へ依頼をかけ続けた捺をはじめ、恐らく慧以外の全員が同じ不安を抱えているのかも知れない。

「ついに来たね……やっぱりなんだか緊張してくるね」

「あら、試合に出なければ緊張しないんじゃなかった?」

「さ、さっきはそう思ったけど……」

「ふふっ、ごめんごめん」

 ここに来て緊張の色を見せる慧をからかった後、華凛は歩きながら外壁を見詰め、目を細める。

「……そうね。ついに来た、わね」

 一言呟く華凛に、慧は何も言えずただ隣を歩いた。

 中学時代は有名な選手だったらしい華凛。高校初の大会とあれば、やはり期するものがあるのだろう。スーパールーキーとして一躍有名になることを企んでいるかも知れない。そんなことを妄想しながら、慧は華凛の隣を黙って歩く。やがてふたりは並木道に面した球場の入口に辿り着いた。ふたりはそのまま敷地内に足を踏み入れる。

「あ……あそこ」

 入口横に位置する駐車場を華凛が指差す。そこでは、見覚えのある人影が乗用車から荷物を降ろしていた。ふたりは揃ってその元へ駆けつける。

「あっ、かりんちゃん。おつかれ~」

「けいちゃんも、無事ついたんだねー」

 人影の正体は部内最年長の三年生である幸と千秋だった。ふたりは乗用車から次々と荷物を降ろす。それはキャッチャー防具やバット、ボールなどの野球用具だった。

「わたしたちだけ先生に乗せてもらったんだ~」

「道具係をかねて、だけどねー」

 道具を全て降ろしたタイミングで運転席が開き、やや猫背の男が出てきた。野球部顧問であり、化学教師の内藤である。顧問ではあるが野球のことは何も知らないので完全な引率役である。

「せんせー、ありがとうございますー」

「ありがとうございます~」

 感謝の意を示すふたりに倣って華凛と慧も内藤に頭を下げる。内藤もまた、本日自らが預かる生徒達に向かって無言で一礼した。

「あっ、いたいた!」

 直後、明らかにこちらに向けて発せられたであろう声が背後から聞こえた。場の全員で一斉にその方向を向く。

「お疲れ様です!」

 そこには捺をはじめ二年生メンバーが全員揃っていた。

「これで全員揃ったわね。ここでミーティング済ませちゃいますか」

 捺が軽く咳払いをする。自然と円陣が出来上がった。

 皆、初戦を前にどこか吹っ切れたような晴れ晴れとした顔をしている。その様子に夏の青空を連想した慧は、ふと空を見上げた。

「……あっ」

 その空は、依然として青く澄みわたっていた。しかし、遥か彼方で地上との間に灰色の雲が割り込んでおり、それは少しずつこちらに向かって来ていた。

「おかしいな……雨は降らないはずなんだけど……」

 予報外れを予感させるこの空模様に、慧の心には言い知れぬ不安がよぎっていた。

13話の続きです

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