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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
147/227

香椎東対柳川女子:夏30

「捺……もう今日は勝負してもらえなさそうですね」

 千春がそう言って俯く。香椎東ベンチには静寂が訪れた。

「ほんとにねえ。全打席連続敬遠の県記録になるんじゃないの?」

 その時、あっけらかんとした直子の声がベンチに響いた。

「直子、残念ながら捺は敬遠されているわけではありません。記録上はあくまで四球扱いです」

「ありゃりゃ。それなら連続四球の記録か。何打席連続なら県記録になるだろうね?」

「勿論、存じません」

 あくまで冷静に対応する千春だが、口元には微笑を浮かべていた。ベンチに座ってやり取りを見ていた慧も、思わず笑いそうになってしまった。

 直子には走攻守が揃っていて、特に慧は守備の面でお世話になることが多いが、それだけではない。チームが苦しい時に皆を明るくする、光を灯してくれる役割を率先して担ってくれる。直子のなんでもないような言葉によって沈みかけたチームは再び明るくなる。この準決勝に来るまで、そういった場面を慧は何度も見てきた。直子の存在というのは、その実力以上の価値があるのだ。

 皆の力になれるって、なんて素敵なことだろう――慧は照れくさそうに頭をかく直子をじっと見詰めていた。

「ほれ、ケイちゃん」

 不意に、直子がこちらに目を合わせて近づいてくる。瞬く間に脇を抱えられベンチの最前列へと移動させられた。

「親友かつウチの四番の出番だ。応援しよう」

 そう言ってグラウンドに目を向ける。そうだ、捺の次ということは、華凛の打順だ。

「か、華凛ちゃん、打てるでしょうか……」

 慧は自分の方から直子に話し掛けた。直子はウーンと唸り、また頭をかいた。

「実力的には分があるけど、なんせさっき特大の一発を打ってるからねえ。あちらのキャッチャーの感じからして、勝負してもらえるかどうかが問題だね」

 またも相手キャッチャー、蘭奈に対する考慮が話題に出た。本当に、この試合は蘭奈に苦しめられっぱなしだ。しかも今は恐らくスイッチが入っている。慧は思わず身震いしてしまう。

「まあそんなに悲観しなさんな、失投だってあるわけだし。華凛なら一球あれば十分だよ」

 直子は明るい声で言った。それは努めて明るくしたのか、天然のものなのか。いずれにせよ、直子には救われっぱなしだと慧は思った。

「ボール!」

 その時、球審の宣告が響いた。初球は外角高めに大きく外れた。

「あら、盗塁警戒……に見えなくもないけど、どうかね」

 直子の声が鋭くなった。ランナーが一塁にいる状況で外角高めに外すことを確かウエストと言ったはずだ、と慧は少ない野球知識を引っ張り出した。キャッチャーが万全の体勢で速球を捕球出来れば刺殺の確率はグンと上がる。

「ボール!」

 間髪入れず二球目が投じられた。今度は変化球が外れたようだ。

「うーん、この二球だけじゃ勝負する気あるのかどうかは微妙だなー」

「そ、そうですね……」

 直子は深く考えているようだが、慧には全く分からなかった。勝負する気、などどうやって読み取れるのだろう、これが歴戦の勘というものなのか。自分にはいつまで経っても備わりそうもない機能だ、と慧はぼんやり思った。

 すると三球目が投じられた。ボール。今度は速球で、そこまで大きく外れたようではなかった。

「あら、スリーボールになったね」

 直子は溜め息をつくように言った。これは恐らく、フォアボールになる気配。ここまで来れば慧にもなんとなく分かった。やがて投じられたボールは、外角に大きく外れた。やはりフォアボールだった。

「清ー! 一本ー!」

 結局華凛は勝負を避けられた形になったが、香椎東ベンチからは一際大きな歓声が沸いた。ノーアウト一二塁、大きな得点のチャンスだからだ。バッターボックスにはチーム屈指のパワーヒッター、清が入った。

「ちゃ、チャンスですね……!」

 思わず慧はまた直子に話し掛けた。言った後で、自分から人に何度も話し掛けるなんて珍しい、と思った。この接しやすさが直子たるゆえんなのか。

「うん。ただ、相手さんコントロールが良いからなあ。ゲッツーが怖いとこだね」

 次の瞬間。

「うらあ!」

 清の大声がベンチまで聞こえてきた。大きなスイングが捉えたボールはワンバウンド、ツーバウンドとゴロになってしまったがさすがの球足の速さで三遊間を破ろうと進んでいく。

「抜けろ! 抜けろ!」

 香椎東ベンチから発せられる祈りの声。

 しかし、三塁手が懸命にグラブを伸ばし、捕球。すぐさま二塁送球、一塁送球と流れるような連携が繰り広げられ、ダブルプレーとなった。

「ああ、惜しい……」

 香椎東ベンチ全体を溜め息が包んだ。直子も慧の横でうなだれていた。

「くっそー、やっぱサードは抜けないなあ……まあ仕方ない、まだチャンス! まだあるよ!」

 直子は手を叩いてベンチを鼓舞した。ツーアウトながらランナー三塁、まだ得点の可能性は秘められていた。

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