表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
142/227

香椎東対柳川女子:夏25

 構えながら、慧はふと思った。守備の時もここへ来る直前も、そういえば「ボール来るな」とか「打席に立ちたくない」とかそういった言葉が浮かばなくなっている。

 それは慧にとって特別なことだった。だっていつもそれに苦しめられているのだから。

 ただ、全くそういったことを思っていないかといったらウソになる。しかし、その割合がこの数イニングで低くなっていることは確かだった。

 そんなラッキーな気まぐれがあるのか、と慧は口笛を吹きたくなったが、今は目の前に集中しなければならない。やがてピッチャーが振りかぶる。先頭打者として塁に出るのが仕事になるのだ。しっかりやらねばならない。

「うわっ……!」

 第一球、慧の体の近くを通ったスピードボールは内角ギリギリ、ストライクとなった。コースにせよスピードにせよ、とても慧に手の出せるボールではなかった。ストライク先行。掌に汗の滲む感覚がするが、ここは次の球にて勝負するしかない。

 しかし、まるでリプレイのように同じコースに同じ速度でボールが来た。慧は思わず体を引いたが、やはり判定はストライクだった。

「ま、まずい……」

 慧はつばを飲み込む。たったの二球で追い込まれた。しかも、打てないコースを見事に突かれている。仮にもう一度同じコースに来たら、もうアウトだ。内角球というものは通常より早い反応で打ち返す必要がある。故に、スピードボールが内角に来たら打つのは難しい。ましてや、これほどのスピードを伴った内角直球を打ち返すのは今の慧には難易度が高い。

「……ん?」

 ふと、慧の耳に何やら声のようなものが聞こえてきた。うっすらと、しかし確実に誰かが何か言っている。気になるが、かといって周囲を見回すわけにはいかない。ピッチャーはボールを投げてくるのだ。慧は謎の声を意識から押しやり、バットを構えることにした。

「……するな」

 次の瞬間、それはハッキリと慧の耳に届いた。まるで呪詛のような、それでいてとても冷たい声。

「姉さんの、邪魔をするな」

 声が一体なんなのか分かったその時、ピッチャーは三球目を投じた。瞬間、慧は泣きそうになる。なぜならこれまでの二球と全く同じ速球が全く同じコースに来たから。

 慧は懸命にバットを出したが、むなしく空を切った。三球三振。際どいコースに三球とも投げられた。俯いて打席を出る。その刹那、慧はキャッチャーの方を見た。

 声の主である蘭奈は、虚ろな目でピッチャーの方ばかりを見ていた。口元は僅かに動いているようだが、何を言っているかは慧には聞こえなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ