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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
140/227

香椎東対柳川女子:夏23

 ノーアウトランナー三塁。この状況を慧は自分なりに頭で整理する。

 確か内野手は普段より前進守備の陣形を取り三塁ランナーを牽制、ことによっては本塁でタッチアウトにするはずだ。

 一方、外野手は普段通りの陣形を取り、来る打球の性質に応じて対応を変えなければならない。打球がゴロの場合は慌てず落ち着いて処理すれば良い。しかし、フライの場合は――

 そこまで考えて、慧はある光景を思い出した。確かあれはランナー二塁の場面。フライを取ればアウトのケースで慧は落球した。思い返せば、その時の相手はこの柳川女子ではなかったか。

「……そっか、ちょっとだけ似てるんだ」

 一人呟く。ランナーがいる状況のフライ、という点では似ている。しかしノーアウトランナー三塁の場合、フライが来たなら落ち着いて捕球すれば良いだけではない。できる限り助走をつけて捕球し、すぐに内野へ返さなければならない。なぜなら三塁ランナーが本塁へ突入してくるからだ。これこそが直子の言うタッチアップ。

「また飛んで、くるかな……」

 慧は自らの手足が緊張で凍結していくような感覚に襲われた。

 仮に自分のところにフライが来たら正確に処理できるだろうか。自分は他の外野手より、というより他の誰よりも野球がうまくない。そんな自分のところにこの状況で打球が飛んできたらと思うとぞっとする。

 慧は横目で直子を見た。直子ならいともたやすく、軽快に処理するだろう。むしろ、中継を挟まず一人でバックホームするはずだ。直子ほどの肩と実力があればそれでも良い。しかし、慧にはどうしても中継が必要である。この位置からホームになど届きっこない。

「……あ、そうか」

 思わず慧は普段より大きめな声で呟いた。自分は直子に比べてプレーが簡単で済む。直子なら一人でホームまで投げなければならないところ、慧は近くのカットマンに返すだけで良いのだ。人より簡単なプレーで良い。不意にそんなことに気づいた。

「慧、いった!」

 その時、華凛の声がライトまで届いた。そして慧は見た。柳川女子の四番打者がボールを高く打ち上げたのを。さらに、どうやら空高く上がったボールはライト方向へ向かってきているらしい。

 瞬間、慧の耳には誰の声も届かなかった。相変わらず凍結したような右腕を無心で持ち上げる。助走、は難しい。でも少しなら――両足も地面から引き剥がすように動かす。

 簡単なプレーで良い。簡単なプレーで良い。慧の脳内には同じ言葉がグルグル回っていた。緊張と無心とまじないのせめぎ合い。やがてボールは慧の頭上へと落下してきた。

「……くっ!」

 短い叫び声と共に、慧はボールをキャッチした。そしてすぐ前を向き、手を上げている文乃へ送球した。

「いいよけいちゃん!」

 文乃はボールを捕球するや否や本塁へ送球した。しかし文乃のボールが豊へ辿り着く直前、蘭奈はスライディングで本塁へ到達した。

 歓声がグラウンドを埋め尽くす。一点。またしても蘭奈を起点に柳川女子に点が入った。これで四対二、差は二点となった。

 慧は思わず俯き、鳴り止まない心臓のまま定位置に戻る。「ナイスプレー!」と皆が声掛けしてくれたので、手を上げて応える。

 その時、慧は不思議な感じがした。今までの自分ならボールに対してもっと「来るな」と祈ったはずだ。今のプレーも、恐らく上手くいっていなかっただろう。

 それなのに今は、タッチアップの状況に対して助走は僅かしかつけられなかったが最低限の動きをし、点を入れられたことを純粋に残念だと思った。今までの自分なら、失点の事実より早くベンチに帰りたいという思いの方が先に来なかったか。

「どうしたんだろう、いったい……」

 慧は呟き、次打者への投球に合わせて構えを取った。

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