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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
139/227

香椎東対柳川女子:夏22

 蘭奈から放たれた打球がライナーで華凛の頭を越える。そのスピードはまるで飛鳥のよう。

 慧は急ぎ打球へと向かった。数歩走ったところで打球はライト線に着弾した。フェアか、ファールか、慧には判断がつかない。とにかく走る。

「フェア!」

 塁審の声が辛うじて慧の耳に届いた。慧がボールを処理しなければならないことがこれで確定した。

「い、急がないと、ヤバい……!」

 慧は自分の限界に挑むかのように走った。ボールはフェアゾーンからファールゾーンへと跳ねていく。まるで慧から逃げるようだった。

「そっち、いかないで……!」

 長い距離を走ってようやくボールの元まで辿り着いた。自分の出来る最高の速度でそれを拾い上げ、振り向く。

「けいちゃーん、こっちこっち!」

 文乃が普段見せない力強さで腕を振ってアピールしていた。ありがたいことに、距離は近い。慧のボールが届く位置まで詰めてきてくれていた。

「お願いします……っ!」

 慧は文乃目掛けて全力でボールを投げる。球速七十キロに満たないであろうそのボールは文乃のグラブを優しく鳴らした。

「ありがとー!」

 文乃はボールを受け、すかさず送球した。その相手は捺。文乃は外野定位置の後方まで来ているが、捺は捺でセカンド定位置後方辺りまで距離を詰めてきていた。

「オッケーナイス中継!」

 捺は慧と文乃に声を掛けながらボールを受けざま三塁へ送球する。その先にはグラブを構えて待ち構えている千春と、今まさに三塁を陥れんと迫る蘭奈の姿。

 お願い、間に合って――慧が祈った次の瞬間、蘭奈が三塁へスライディングを仕掛けた。身をよじらせた、タッチをかいくぐるスライディング。

「……セーフ!」

 塁審が両腕を横に広げる。グラウンドは大歓声に包まれた。

 スリーベース。蘭奈が梓の初球を完璧なまでに捉えたのだ。そして際どいタイミングをスライディングの技術を駆使してセーフにした。蘭奈の攻、走が詰まったようなプレー。慧は長距離を走った影響で息を切らしながらも思わず身震いした。

「うーん、惜しい……おっけーけいちゃん、ナイス送球だったよ!」

 文乃は特に動じる様子なく、慧に手を振って定位置へと戻っていった。

「あ、ありがとうございます……!」

 反射的に礼を述べる。そして文乃の言葉を反芻する。

「ナイス、送球……」

 その瞬間蘭奈の恐怖は隅に追いやられ、慧は今のプレーを振り返ることを始めた。

 無心で打球に追いついて、拾って投げた。「捕る」のではなく「拾う」だから慧にとっては安心できるプレーだった。

 そして送球については問題ないように感じた。つまり自分にとっては珍しく、上手くいったプレーと言えそうだった。

「ナイスね、ケイちゃん」

 不意に横から声を掛けられ首がすくむ。直子がすぐ近くまで来ていた。

「ともあれランナー三塁だ。タッチアップがあるから気をつけよう」

 そう言って直子も定位置に戻った。気づけば慧を除く全員が定位置についている。慧は慌てて自分がおおよそ定位置だと思っている位置まで走った。

「タッチ、アップ……」

 今度は直子から言われた言葉を反芻する。疲れから起こる鼓動とは別の鼓動が心臓より発せられた。

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