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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
137/227

香椎東対柳川女子:夏20

 今まさに打席へ向かおうとする文乃と目が合う。文乃は照れくさそうに目を伏せ、それからもう一度こちらを見た。

「わたし全然打ててないから、今度こそ打てると良いな。けいちゃんの力をちょっとだけ借りるね」

 たった今発した気合はどこへ行ったのか、今にも消え入りそうな声だった。

 自分の力を借りてもしょうがない、捺や華凛といった打てる打者の力を借りるべきでは――と一瞬考え、慧は文乃の手を見た。

 震えている。この現象は慧には特に馴染みのものだった。慧には分かる。彼女は今、藁にもすがりたいほど不安なのだ。励まさなければならない。直感的に何か言うべきだと慧は悟った。そうだ、先輩ならぜったい打てますって励ますんだ――言葉を決めたその時。

「文乃」

 あまり聞き慣れない鋭い調子で声が発せられた。隣を見ると、それがなんと梓のものであることが分かった。

「ファイト」

 一言。たったの一言だけ梓は告げ、もう何も言わなかった。文乃は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。

「……うん。ありがと」

 それだけ返して、駆け足で打席へと向かっていった。

 心なしか、文乃の微笑みはこの戦いの場において、いつも以上に穏やかさを増したものに慧には感じられた。まるで心を開いている人だけに見せる表情のような、暖かさ。

「よっしゃあ!」

「アイツやりやがった!」

 瞬間、直子と清の大声がベンチ中に響き渡った。文乃がヒットを放ったのだ。

「やりましたね……これは、自分も下位打線だからって腐ってられないっすね!」

 今度は豊が気炎をあげて打席へ向かった。普段はボールをじっくりと見るタイプの彼女が、初球から積極的に手を出し、ヒットにして見せた。

「二人とも、良いスイングですね」

 いつの間にか慧の隣に立っていた千春がゆっくりと拍手をした。

「代わった二番手も、清を仕留めたもののまだ本調子ではない。こういう時は積極的に行って正解です」

 どことなく解説口調なのは、調子が良いためだろう。香椎東全体がのっている証拠、と言っても良い。

「な、なんだか今日は早めの勝負の日になってますね……」

「ふふっ、そうですね。さあ、若月さんまで回ってきそうです。準備をしておいた方が良いですよ」

 そう言われて思わず身震いする。ノーアウト一二塁、バッターは梓。いつの間にかもしかしたら、いやもしかしなくてもチャンスの場面で回ってきそうになっていた。

 慧は天を仰ぎ、ヘルメットを被る。あの不気味なキャッチャーの待ち構えている打席へ向かわなければならない。しかし、これは皆やっていることだ。自分だけ逃げるわけにはいかない。あのキャッチャーにもこの緊張にも、立ち向かわなければ――

 直後、痛烈な打球音がグラウンドに轟いた。

「ナイスバ――」

 香椎東ベンチも歓声に沸こうとした。しかし、沸かずに止まった。

 相手の三塁手が梓の打球をハーフバウンドで捕球しすぐに三塁ベースを踏み、それとほぼ同時に二塁へと送球したのだ。二塁手はそれを受けざまスムーズな動作で一塁へボールを送る。その正確な送球を一塁手が高らかに音を鳴らして捕球したところで、生存していた香椎東のランナーがバッターランナーを含め全てアウトになった。

「ま、まじかよ、トリプルプレー……」

 香椎東ベンチには呆然と呟く清の声だけが虚しく響いた。

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