香椎東対柳川女子:夏19
「ナイスピッチング、梓!」
「オッケー、この調子この調子!」
ベンチに戻るや否や、捺が、直子が梓に声を掛ける。つられてベンチは盛り上がるが当の本人はしかし、ポーカーフェイスを崩さない。
四回表。三点のリードを保っている今、完全にペースはこちらのものだ。だからとは言わないが、もう少し感情を表現しても良いのではないか。
などと要らぬおせっかいをしていると、慧の目の前を梓がゆっくりと通り過ぎていく。ヘルメットを取ろうとしていることから、どうやら打席に立つ準備をするらしかった。
「あ、あの……ナイスピッチングですっ……!」
思わず慧は梓の背中越しに声を掛けていた。反射的な行為だが、その気持ちは本当だ。特に今日はそう感じる。
柳川女子の投手は、慧から見ていかにも機械的な感じがした。言葉には表せないが、なんらかの指示のもと、ただ投げている感じが拭えないのだ。
その点、梓は違う。確かに彼女はポーカーフェイスだ。見る人によっては柳川女子の投手陣同様、機械のように見えるかも知れない。しかし、要所で見せるエースたる投球には間違いなく血が通っている。これはチームメイトだからこそ感じるものだろうか。
「……せ、せんぱい?」
そこまで思考を巡らせ、ようやく気づいた。梓が振り向き、何も言わずただこちらをじっと見ている。
「どうか、しましたか……?」
慧の問いに、梓は無言で首を左右に振る。
なんでもないというのか。そんなに見つめられたら何かあるのかと思うに決まっている。にわかに梓の頭の中が気になってきた慧をよそに、彼女はゆっくりとヘルメットを被った。
「……なんとなく、頼もしくなった、と思って」
ぼそりと、この場の誰にも聞こえていないであろう小さな声でそれだけ呟き、あとはもう何も言わなかった。
「そ、そう、ですか……」
慧には梓の言わんとすることが良く分からなかった。お褒めの言葉と捉えればこれほど嬉しいものはないが、頼もしく見えるようなことを何かしただろうか。またも梓の頭の中が気になり出す。
「よしっ、いってきます!」
その時、別の角度から果たして慧以外の誰かの耳に届いただろうか、と疑いたくなるほど小さな声が聞こえてきた。振り向くと、決意表明のその声の主は文乃であることが分かった。