香椎東対柳川女子:夏18
先発投手に替わって出てきた、これまた機械的な二番手投手の前に清は倒れ香椎東の攻撃は終了した。
この回、華凛の満塁ホームランにより四対一。まだ三回の表が終わったばかりだが、香椎東は三点のリードを得ることになった。
慧はあの高々と舞い上がった打球を思い出してはニヤリと笑い、どうかこのまま試合が終了して欲しいと願った。そして、願わくばもう打席に立たずに終わりたいと思った。
しかし、人数が九人ギリギリの香椎東においてそれはかなわない。慧は溜め息をつきながら守備に就いた。
「えーっと、この回は何番からだっけ……」
そう呟いたところで慧は思わず辺りを見回す。しかし、いくら見渡しても遠くに華凛や文乃、直子の姿が見えるだけだった。
「そっか、そりゃそうだよね……」
外野のポジションは孤独である。故にひとり言が聞かれることなどないのだが思わず気になってしまった。
しかし、本当に周囲に誰もいないことを確認できた以上、ひとり言を止める理由などない。慧は背後にそびえるスコアボードに目をやった。柳川女子側は九番バッターのボードにランプが点いていた。
「そっか、九番からか。ってことは、きゅう、いち、にい……」
そこまで数えて、突如背筋が凍る感じがした。
三番には、あの蘭奈が控えている。もしひとりでもランナーが出れば、蘭奈まで回ってしまう。
「やばい、やばいよ……」
ライトのポジションで慧はただせわしなく、体はホームベースに向けたまま円を描くように歩く。頭の中には本日対面してきた蘭奈の言葉が、行動が思い起こされた。
蘭奈は怖い。もし回ってきたら、きっと香椎東にとって良くないことが起こる。ランナーを背負った状態なら、なおさら。
「やばいやばい……梓先輩、がんばって……」
慧は半ば祈るようにライトのポジションから頼れる先輩の姿を見守った。すると、それに呼応するようにエースは動き出した。
「アウト!」
ひとり目を見逃し三振に。
「アウト!」
ふたり目を空振り三振に。
「アウト!」
そして三人目をサードゴロに切って取った。安定感、そんな言葉がふさわしい投球。
慧は嬉しくなって駆けるようにベンチへと戻った。何か声を掛けてあげたい。そんな人間味が梓の投球にはあった。それは柳川女子の投手陣とは明らかに違う部分だ、と慧は確信した。