香椎東対柳川女子:夏14
華凛ちゃん、大丈夫かな。その前に捺先輩、今度はどうなるかな――慧はいてもたってもいられなくなり、ソワソワとベンチで行ったり来たりを繰り返していた。
「随分せわしないっすね。ちょっとジッとしててくれないっすか」
不意にどこからともなく両腕が伸びてきて、たちどころにベンチへ押さえつけられる。
「気が散るっすよ。応援するならするでひとところにとどまっていてくれないっすかね」
その正体は豊だった。普段と同じ口調のようでいて、少し違った。慧には豊がいつもより早口になっているように聞こえた。
「ご、ごめん……」
慧は観念してベンチに座る。豊はその隣に座ってきた。
「別に良いっすよ。いや、むしろ若月サンは普段存在感がないんだから、大袈裟に動いてちょうど良いくらいっすね」
相変わらずの皮肉だが、言葉の端々に震えのようなものがひっついていることを慧は察知した。
「ま、それはともかくとして。今は大事な場面なんだから試合見てるべきっす」
豊はそれだけ言ってジッとグラウンドを見つめる。そうだ。重要な局面だからこそ豊も緊張しているに違いない。慧は豊に並んで戦況を見守ることにした。
「……見てください若月サン」
豊は顎でグラウンドを指し示した。つられるようにグラウンドをもう一度見るが、特に先ほどと変わった様子はない。
「えっと、試合中、だけど……」
「そんなことは分かってるっすよ! 言いたいのは、ランナー!」
緊張からかわずかに声を上ずらせ、豊は今度は指で一塁ベースを指した。
「ツーアウトで一塁ベースが埋まってます。これなら第一打席のように歩かせるわけにはいかない。部長サンと勝負してくれるなら、まさにこっちにとっては願ったりかなったりっすよ」
豊の説明で、慧にも状況が理解できた。通常、敬遠は一塁ベースが空いている状況で行われるのがセオリーだ。一塁ベースが埋まっている今、捺との勝負を避けることは出来ない。ましてや二塁にもランナーがいる。この状況で敬遠したら満塁になってしまう。
「勝負してくれれば部長サンならまず確実に打つ……なっ!?」
豊の短い悲鳴のような声に慧は思わず肩を震わせた。
「な、なに、どうしたの……?」
グラウンドでは捺に対する第一球が投じられた状況だ。判定はボール。さして驚くことではない。
「今の外し方、見なかったっすか!」
「えっ……?」
豊は焦ったように続ける。
「明らかに狙って外した。まさかとは思うけど相手サン……今回も逃げっすか?」
「そ、そんな……!」
豊の読みは的中したのか、二球目、三球目と続けてボールになった。しかも、豊の言う通り確かにストライクゾーンからほど遠いボールだ。
「それほどまでに部長サンを警戒してるのか……徹底してますね、向こうのキャッチャーは」
豊は吐き捨てるように言った。それとほぼ同時に四球目のボールが投じられ、それはやはりストライクゾーンから外れた。