香椎東対柳川女子:夏13
慧が慌ててグラウンドに振り返ると、直子が颯爽と一塁ベースを踏み抜きオーバーランしているところだった。
「直子先輩、やりましたね」
「ちょっと強引だったけど、強く叩くという意味では引っ張りに出たのは正解ね。早いカウントから仕掛けていくというところも含めて直子の良いところが出た打席だったわ」
香椎東の三、四番である捺と華凛がそのバッティングを讃えている。当の直子本人は嬉しそうに香椎東ベンチに向かってガッツポーズを作っていた。
「さて、行ってこようかしら」
捺はヘルメットを手に取り、ネクストバッターズサークルへ歩き出した。しかし、何を思ったかその足をピタリと止め、振り返った。視線は慧、ではなくその横に立つ華凛に注がれていた。
「華凛、よろしくね」
それだけ言ってから、捺は手にしたヘルメットを被りネクストバッターズサークルに収まった。
華凛は何も言わない。捺に言われたことがプレッシャーになっているのか。何か言わなきゃ、と直感した慧は思いつくままのことを言うことにした。
「だ、大丈夫だよ。華凛ちゃんならきっと打てるよ」
取り繕いに聞こえやしなかっただろうか、と思いながら華凛を見る。華凛はやはり何も言わない。言わないが、その目はキッと正面を見据えていた。
「慧、見ていて」
ポソリと呟く。慧は辛うじてその声を拾った。
「次は必ず打つ」
その声は、熱い、本日最も熱の籠った声だった。あまりの圧に慧は何も言えない。
しかし、これほど頼もしいことはなかった。華凛は何も心配いらない。きっと結果を出してくれる。
「いいぞー千春!」
その時、またも香椎東ベンチから歓声が沸き上がった。千春がライトへ鮮やかな流し打ちを放ったのだ。
「……直子先輩も千春先輩も、第一打席の反省から早いカウントで勝負した方が良いと踏んでいたみたい。さすがの読みだわ」
華凛は短く息を吐いて、バットを取り出した。
「ツーアウトだけどチャンスだわ。私も絶対に続きたい」
そう言って、ネクストバッターズサークルへ向かう。残された慧は、ひたすらに良い結果になることを祈った。
ツーアウトランナー一、二塁。打席には、華凛のひとつ前の三番。香椎東で最も頼りになる捺が立った。