香椎東対柳川女子:夏11
「もっと後ろに立った方が良いのでは?」
蘭奈はこちらを見たまま冷ややかに呟く。
慧は反射的にピッチャーに向き直った。バッターが打席でキャッチャーの方を見るのは良くないことだと教わったのだ。
慧は構えたまま、蘭奈の言葉の真意を探った。どうしてもっと後ろに立った方が良いのか。なぜそんなアドバイスじみたことを敵が言うのか。考えても意味が分からない。あれこれ思考を巡らせているうちに三球目が投じられた。
「ボール!」
またも内角の際どいコース。先ほど同様身を躱したが、今度は二球目ほど大袈裟には避けなかった。デッドボールになるようなコースではないと判断出来たからだ。これでツーボール、ワンストライク。これまで学んだ知識によると、ストライクゾーンに来る確率が高い状況だ。
「今のは、さっきと全く同じコース」
また声が聞こえた。間違いない、蘭奈のものだ。
「それだけ反応が遅いのならもっと後ろに立った方が安全では?」
瞬間、なんて失礼な、と慧は思った。蘭奈の言ったことは直接的だった。そんなこと、指摘されなくても自分で分かっている。どんなプレイだって他の人より上手く出来ないのが自分だ。ボールに対する反応はそれはもう遅い。こんな試合中に唐突に言われなくても知っている。自分は確かに下手くそだが、敵に言われる筋合いはない。
知らない知らない、とにかくアドバイスを思い出すんだ――両手に力が入り、バットに伝わる。直子から言われたことを実行する。バットを上から出す。四球目。
「あっ……!」
慧の決意はむなしく、バットは力なく空を切った。完全に腰砕けのスイングとなってしまった。
相手投手が投げたのは緩いカーブだったのだ。完全にタイミングを外されてしまいカッコ悪いスイングになってしまったことを恥じながら、慧はバットを持ち直す。すると、後ろからため息のようなものが聞こえてきた。
「……素人ならこの場に出てこないで」
聞こえてきた言葉に慧は心の中をかき回された。
ひどい。それが率直な感想だった。こんなにもハッキリと自分のコンプレックスを突きつけられたのは初めてかも知れない。確かに自分は素人だ。この場の誰よりも下手くそである自信がある。だからといって、それをわざわざ言わなくても良くないか。
相手投手がこちらの煮えたぎる気持ちなど知らないと言わんばかりにあくまで作業じみた投球をしてくる。五球目。
「くっ……!」
速い。カーブを見た後だから余計に速く感じる。しかしコースはストライクゾーン。振らなければ。
「う、上から……っ!」
懸命に出したバットが、ボールに微かに触れる音がした。