香椎東対柳川女子:夏8
華凛はグラウンドのとある位置をジッと見詰めていた。慧がその視線を追うと、そこには相手投手がいた。まだ二回だが、時折額を汗で拭ってはサイドスローからいかにも丁寧に丹念に、という感じで一球一球を投じている。
「あのピッチャー、とてもコントロールが良いけど」
華凛が言葉を繋げた。慧はすかさず視線を華凛に戻した。
「一度打席に立ってみて分かった。多分長い回はもたないわ」
慧はその言葉に純粋に驚いた。たったの一打席でどうしてそんなことが分かるのか。
「な、なんか、そう見える兆しがあったの……?」
「あったわ。そしてその原因は、本人にはない」
「ど、どういうこと……?」
「要求が厳し過ぎるのよ」
鋭い声で華凛は言った。
「内角に外角、高めに低め。私の打席だけでも四隅全てにボールが来たわ。あのピッチャー、荒れ球って感じじゃないから間違いなくこれはキャッチャーの要求よ。九人全員に何打席もこの投球を続けていくとなると、きっとスタミナがもたない」
まるで自分の言ったことを確認するかのように華凛はゆっくりと喋った。そして、慧へと向き直った。
「だからこっちのすべきことは辛抱だと私は思う。出来るだけ球数を投げさせて、妹さんのリードなんて関係ないくらいにピッチャーがバテてくれればウチの打線なら十分に勝機はあるわ」
慧は身震いした。一打席でここまで読んでいるとは。改めて華凛の存在が頼もしく思えた。
「ストライク! バッターアウト!」
しかしその瞬間、香椎東の攻撃終了を告げる声が慧の耳に届いた。それは五番から清、文乃、豊と続く打線が三者凡退に抑えられたことを意味していた。
「……思惑通りにいくまでには少し時間が必要ね」
華凛は無念そうに俯く。そして左手にファーストミットを嵌めた。
「次は慧に回ってくるわね。まずは一打席目、頑張っていきましょう」
「う、うん……」
華凛の後に続きベンチを出る。一打席目のことを考えると今から緊張してしまう。
しかし、華凛の想定はあながち間違ってはいない気がした。慧は心の中に一筋の光を得たような気分になった。打席で粘る。明確な目的があれば、緊張していてももしかしたらチームの役に立てるかも知れない。
慧は走り、一塁ベースに陣取る華凛の横を通り過ぎた後、振り向いた。
「華凛ちゃん、わたし、頑張るね……!」
思わず飛び出た決意の言葉に、華凛は親指を立てて応えてくれた。