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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
121/227

香椎東対柳川女子:夏4

 一回裏。

 慧はライトの守備位置から球場の全体を見渡した。

 準決勝ということもあってか、スタンドは観客で埋め尽くされている。そんな赤の他人同士が混じり合う中でも、一塁側スタンドには柳川女子の応援団が固い結束を示さんばかりに陣取っている。

 さすが強豪校は違う、と慧は溜め息をついた。香椎東の三塁側スタンドに応援団の姿はない。多少は学校の生徒が見に来てはいるだろうが、慧の位置からでは誰が生徒で誰が観客か判断がつかない。

 でも、むしろそれが良いと慧は思った。自校の生徒に見られながらプレーするなどとてもではないが出来ない。今でさえ、目立たないライトのポジションに立っているのがやっとだ。

 こんな大勢の観客の中、他の八人は平常心を保てているのかと慧は疑問に思った。もしかすると、言葉に出さないだけで皆緊張していることだって有り得る。そうなったら動きが固くなってしまい、普段通りのプレーなど出来るはずがない。

 直後、鋭い音が慧の位置まで届いた。まずい。瞬時に慧は一塁ベースのカバーへ走り出す。球足の速いボールの行き先は三遊間。

「ナイスキャッチ!」

 次の瞬間、香椎東の誰かが発した声が聞こえてきた。それとほぼ同時に、会場全体に歓声が響き渡った。

 走りながら打球の方向を見ると、ショートの捺が逆シングルで打球を軽々グラブに収めたかと思いきや即座に送球したところだった。三遊間の深い位置から投じられたボールは信じられないほどの伸びを見せ、バッターをいとも容易くアウトにした。

「オッケー、ワンアウト! ナイスカバー、慧!」

 捕球したボールをキャッチャーに回した華凛がすかさず合図をくれる。それに応えながら、慧は驚きの気持ちを隠せなかった。

 捺の動きは緊張だとかそういったものを凌駕していた。ただそこにボールがあるから捕る、投げる。まるで野性そのものを見ているようだった。

 そうこう考えている間にまたも内野にボールが飛ぶ。今度はセカンドの文乃が柔らかい動きでボールを捕球し優しく一塁へ投げた。アウトカウントがまた一つ増えた。

「ツーアウト!」

 掛け声がグラウンドに響く。会場も拍手で包まれている。

 それを聞きながら慧は改めて思った。この人達は皆、きっと自分の中の争いに勝っている。そうでなければあのような動きが出来るはずがない。

「緊張しないって、うらやましい……」

 周りに誰もいない外野で一人呟く。慧はどうしたって緊張に勝てない。何か方法があれば教えて欲しいくらいだ、と心の中で嘆く。

「慧、バック!」

 瞬間、華凛から指示が入った。

 ハッとしてバッターボックスを見ると、そこには三番打者である鍛治舎蘭奈が立っていた。慧は慌てて華凛の指示通り後ろに下がる。

「オッケー!」

 華凛が両手で丸のマークを作り停止して良いという意志を示してくれた。そこでようやく落ち着いた慧は、改めて本塁方向を見る。

 打席の蘭奈は落ち着いた様子で足元をならしている。そこから一塁側スタンドに視線を移すと、俄然声援に力の入る応援団がいた。まるで踊るような応援に乗せられ、会場全体がざわめいているようだった。

 香椎東にとっては完全アウェーのような状況。しかし、無口な大エースたる梓は動じていないようだった。これまでの二人と変わらない様子で一球目を投げる。

「ストライク!」

 球審の声がライトまで聞こえてくる。バッターには手の出しづらい、外角低めの非常に良いコースだった。その結果に満足せず、テンポ良く二球目を投じる。またもストライクだ。

「やった!」

 慧は思わず声が出た。たったの二球で追い込んだ。完全に投手有利。これで三つ目のアウトは取れたも同然だ。さしもの三番打者も焦っているだろうと慧は打席に目をやった。

 そこには、先ほどと変わらず落ち着いた様子で打席をならす蘭奈の姿があった。

 慧は不気味な感じがした。蘭奈は、追い込まれているのにまるで何も感じていないようだった。

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