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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
116/227

チェック

 華凛が俯いてから、無言の間が訪れた。

 華凛は急に怖い顔になり、その後はすっかり黙ってしまった。目つきは鋭く、まるで何を考えているかを読み取らせまいとするような凄みがあった。自分は何もしていないのに、どうしてか責められているような気持ちになってしまう。圧迫感に押しつぶされそうになった慧はたまらず声を出した。

「華凛ちゃん、ど……どうしたの?」

 華凛は即座に回答した。

「­別に」

 たった三文字の言葉。それなのに慧は居心地の悪さを感じて胸が痛くなった。華凛の口調は全然「別に」ではない。その早足に必死に合わせながら、慧はどうして華凛の態度が急変したのか考えた。交わした会話は昨日の試合のこと、これからのこと、そしてチームメイトとトーナメント表を確認しようと言った。この中に華凛が気に障るような内容があったということだ。頭の中でひとつひとつを手に取るようにして確かめていくが、そこまで不機嫌になるようなことがあるとはとても思えない。慧は混乱した。

「……ごめんね」

 ふと華凛が呟いた。見ると、先ほどまであった剣呑な感じはどこかへ行ってしまい、普段の様子に戻っていた。

「こ、こちらこそごめん。何か気に入らなかったこと言ったかな……」

「ううん、今のは完全に私が悪いわ。少し思い出したことがあってね」

「思い出したこと……?」

 華凛が落ち着いてくれたことには安堵した。しかし、いったい何を思い出したというのか。慧は華凛の言葉を待った。

「ええ。前に慧も一度会ったことがあると思う。和白高校の名嘉原のことを思い出してね。トーナメント表のどこにいるんだろう、って」

 和白。名嘉原。華凛の言葉を慧は心の中で反芻する。あの時のことは覚えている。秋の大会、開会式が終わってから突如目の前に現れたあの人。自分はいったいなぜ野球をやっているのか。今も答えの出ていない問いに悩む自分に正面から問題提起してきたようなあの人。

「……これから勝ち進むことを考えるのなら障害になることは間違いないわ。しっかり居場所を確認しておかないとね」

 華凛はゆっくりとそう言って、歩くスピードを早めた。

 華凛は華凛で特別な思いがあるのかも知れない。いや、きっとあるだろう。何せ、華凛とあの人は戦友なのだ。中学時代を共に過ごしたチームメイト。ともすれば、香椎東高校の面々よりも思い入れがあるかも知れない。それは本人に聞いてみないと分からないが、きっと何か、思いがあるに違いない。

 読めない胸のうちをあれこれ考えているうちに、いつの間にか教室に着いていた。


「ナイスアイディアね。見てみましょう」

 放課後。華凛の提案を捺は快く了承した。­ロッカーにしまってあったトーナメント表を中央の机に広げると、全員がそこに集まった。慧は輪の後方から、前列に陣取る先輩方の体と体の間に出来たスキマを見つけて覗き込んだ。

「まずは印をつけよう。ウチらは初戦突破したんだし」

 真っ先にトーナメント表の目の前に位置取りしていた直子はそう言うなり机の中から赤色のマーカーを取り出し、香椎東高校から伸びる黒線をなぞった。

「この線が伸びれば伸びるほど、ウチらが勝ち進んでいる証になるってね」

 直子は嬉しそうに自ら引っ張った赤線を指でなぞった。しかし次の瞬間、肩を掴まれ輪の外側へと追いやられる。

「次の相手が気になるんだよ。ちょっと見せろ」

 乱暴に直子をどかしたのは清だった。そのままトーナメント表を食い入るように見る。

「ちょ、ちょっと危ないでしょうよ。怪我したらどうすんのって」

「おう、悪かったな」

 手をヒラヒラさせ謝る清の視線は、完全にトーナメント表を向いていた。しかしそれは清だけではない。部室にいる全員が、トーナメント表を囲んでじっくり見入っている。直子もすぐさま輪の中に戻ってきた。

 すると、まるでそのタイミングを見計らったように捺が香椎東とは全く正反対の位置を指差す。

「天神商業は逆ブロックのようね。それから、準決勝までいけば柳川女子と当たる可能性がある。上がっていくに連れて難しい戦いになっていくようね」

 淡々とした捺の発言。しかし、そこに怖さがあることを慧は察した。捺は決勝の相手、準決勝の相手と順に確認していった。二回戦の相手など目もくれずに。

 捺は勝つ気なのだ。本気で準決勝、そして決勝へと進むつもりでいる。足元を見ていないのではなく、その本気に慧は怖さを感じた。

 この大会に参加している者は皆、そんな風に考えているのだろうか。改めてトーナメント表を追っていると、和白の名前を見つけた。

 その位置は逆側。天神商業同様、当たるなら決勝。

 あの人も、こんな風に勝つことだけを考えているのだろうか。慧の脳裏にはあの日のことがよみがえった。

 アンタは目指さないの、全国。

 あの言葉が頭の中で繰り返される。今、果たして自分はどうだろう。慧は知らないうちに、頭の中で自問自答を繰り返していた。

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