気になる相手
すっきりとした快晴の朝は雲ひとつない。引きこもりを自称する慧だが、このまっさらな空は実は少し好きだ。
「おはよう、慧」
不意に自分を呼ぶ声がする。聞き馴染みのある声に振り返ると、こちらに向かって歩いてくる華凛の姿があった。
「お、おはよう、華凛ちゃん」
背筋を伸ばしモデルのように上品な歩みで慧に並び、横に来たかと思えば止まらず進む。慧は置いて行かれないよう早歩きでついて行った。意図しない二人での登校。何だかこそばゆい気持ちになった。
「昨日はお疲れ様。ひとまず好発進といったところね」
華凛の口から真っ先に出たのは、昨日行われた試合のことだった。
「そ、そうだね」
慧自身は慣れないポジションでエラーもしたし、バッティングも上手くなかった。反省点は数多いが、結果として勝利したのは確かだ。それに、梓が回復すれば次の試合からはライトに戻れるだろう。少しは緊張も和らぐかも知れない。俯瞰してみれば、昨日を無事終えたことはやはり喜んで良いことなのだ。
「けど、ここからが本番よ」
華凛は言葉を続けた。その横顔は、まるで今後を見据えているかのように真っ直ぐ前を向いている。
「これから試合漬けの日々が始まる。というより、勝ち続けて試合漬けの日々に自分達でする。一試合でも多くやらなきゃね」
華凛もまた、先輩達と戦う最後の夏をかみしめて、そして決して終わらせてはいけないと感じているのだろう。その瞳は決意に満ちており、朝の光に照らされ輝いて見えた。
「わたしたち、勝てるかな……?」
「こればっかりは相手のあることだから、どうなるかはやってみないと分からないけど。少なくとも、負けるつもりではやらないわ」
華凛は強い口調で慧の不安を消し去ってくれた。
華凛は凄い。華凛はきっと勝つことしか考えていない。それなのに、自分は自分のことだけだ、と慧は思った。反省点も自分のことだけ。次の試合も、打席で、守備で、塁上で押し寄せる逃れられない緊張との戦いできっと頭が一杯になる。でも華凛は違う。チームのために、勝とうとしている。
「これからの試合、私達は死に物狂いで戦うことになる。そうなると、今後当たる相手はもう一度しっかり押さえておかないといけないわね。放課後、今日の練習前のタイミングでトーナメント表の再確認を部長に提案してみましょう」
冷静に発せられた華凛の言葉に、慧はこくりと頷いた。
初戦の前にトーナメント表は確認したが、あの時は慧自身試合のこと以外に気が回らず、二戦目以降など見ていない。しかも、初戦の相手は去年敗れた久留米国際だったのだ。他のメンバーも次戦以降はあまり把握していないかも知れない。今、改めて全体を見渡すことは、気持ちを落ち着かせる意味でも効果がありそうだ。
「今まで当たった人たちがどこにいるかも、気になるね」
ふと、慧はそんなことを口にした。練習試合をした天神商業や、秋の大会で激闘を繰り広げた柳川女子のことが頭をよぎったのだ。
「……そうね」
華凛は呟いた。
「か、華凛、ちゃん……?」
慧は思わず華凛の顔を覗き込んだ。
呟いたその声はなぜかとても低く、華凛のものであって華凛のものでない感じがした。