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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
112/227

香椎東対久留米国際8

 慧は自分の出来る限界の力で思い切り叩きつけた。

 最初に湧いた感情は、ボールにバットが当たってくれて良かったという安堵の気持ち。

 しかし直後、自体は切迫していることが分かった。打球は慧が思ったより高いバウンドではない。どちらかと言えば鋭いゴロの部類になってしまっていたのだ。

 これでは簡単にダブルプレーになってしまう。恐怖感が体を支配したその時には、もう全速力で駆け出していた。

「慧、走って!」

 ベンチから華凛の声が聞こえる。それに応じようとつい前のめりになってしまう。

 持ち直さねばと顔を上げたその時、慧は見た。ボールを捕球した一塁手の動きがいつも練習で目にしている華凛のそれより明らかに緩慢であることを。

 これなら間に合うかも知れない。一塁手がボールを二塁に転送したタイミングで慧はどうにか体勢を立て直し、加速する。どこも見ない、何も見ない。一心不乱に一塁ベース目指してひたすら走り、そして駆け抜けた。

「セーフ!」

 塁審が大声を張り上げる。救われた。その声を聞いた瞬間、慧の中には達成感が芽生えた。凡打で達成感を得るとは何ともおかしな話だが。

「よっしゃ、間に合った!」

 ベンチからも聞こえてくる安堵を示すような叫びを聞きながら一塁ベースへと戻る。二塁からは一塁ランナーだった梓が戻ってくる。どうやら二塁はアウトになってしまったらしい。

「よしよし! 二人も残ってたら十分、この直子さんに任せなさい!」

 まさに意気揚々といった様子で直子が打席に入る。本当に、プレッシャーとは無縁の人なのか。この人は。

 直後、痛烈な打球があっという間に三遊間を破った。慧は反射的に二塁へ向かう。ぼうっとしていたら見逃していたであろう打球のスピードだった。

「よーし、一点!」

 直子は一塁ベース上で、全身で喜びを表現している。その気勢はベンチも沸き上がらせた。

 こうやってチームを盛り上げるのは流石というほかない。タイムリーヒットの余韻に浸っていると、文乃も鮮やかなライナー性の打球を飛ばした。直子の打ったコースをなぞるようにレフトへと飛んでいく。慧はすかさず三塁ベースへ向かう。しかしレフトの位置が余りに近く、本塁への突入は出来なかった。

「いいぞー、ナイスバッティング文乃!」

 あっという間に満塁。スピーディーに変わる展開に慧は目が回りそうになる。この状況を生み出したのはチームメイトの鮮やかな連撃。そして打席には、そのチームを束ねるキャプテンの捺。

 その捺は、まるで練習の素振りのように簡単に振り。

 そして当たり前のようにライトへボールが飛んでいった。

 会場が静まり返り、そして沸き上がった。何が起きたのか、慧ははじめ分からなかったがゆっくりと理解していった。満塁ホームラン。まるでゲームでも見ているようだった。ホームランってこんなに簡単に打てるものなんだ。

「さすがだねえ。表情一つ変えずに!」

 グラウンドを何食わぬ様子で一周して戻ってきた捺を直子がヘルメット越しに叩く。皆嬉しそうに捺を迎え入れる。いつもと変わらない様子で応える捺が何だか同じ学校の生徒とは思えない。不思議な感じがして、慧はグラウンドを見る。

「か、華凛ちゃん……」

 今、打席に立っているのは華凛だった。普段と変わらない構えはある種の美しさを感じる。全てのランナーを失ったピッチャーが気圧されたようにボールを投じる。

 直後、華凛があの日の演舞を再現した。構え同様美的なスイングが捉えたボールは高々と舞い上がり、バックスクリーンまで到達した。

 三番、四番の連続ホームラン。まるで夢を見ているようだった。捺も恐ろしいが華凛も恐ろしい。軽そうなスイングであっさりスタンドを越えてしまうこの二人は果たして人間なのか。

 そして、この怪物達にあてられたのか、皆が次々に快音を残し、流れるように点が入る。

 気づけばこの回七点。三回裏に更に五点。九回まで戦うことなく、コールド勝ちで香椎東高校は初戦を突破した。

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