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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
107/227

香椎東対久留米国際3

 五番バッターをサードゴロに仕留め、一回表の攻撃は終了した。

 慧は乱れた呼吸を必死に整えながら自軍のベンチに戻った。肺が苦しくて脇腹が痛い。ついさっき長い距離を走ったのと、守備についている緊張から一時でも開放されたからだろう。

 とにかく休みたい。慧は誰の目にも入らないようなベンチの隅で膝をついて俯き、体力の回復を待った。なんとなく座りたくはない。他のみんなのためにベンチは空けておきたい。

「慧」

 自分を呼ぶ声がして顔を上げる。主将の捺が慧の目の前に立っていた。

「しっかり守ってくれたわね、まずはお疲れ様。気を使わなくて良いから座って休んでて」

 優しい笑みでそれだけ言って、捺は打席に向かう用意を始めた。

 どうしてベンチを空けていることが分かったのだろう。チームメイトの僅かな挙動も見逃さないのが主将というものなのか。慧は不思議さと感動が入り混じったような感情になり、ここは甘えて座ることにした。どの道早く回復しなければ最後まで持たない。相手守備陣がボール回しをしているグラウンドを眺めて、慧は現在の状況を確認した。

 一回表終了、一対〇。香椎東高校が早くもビハインド状態で試合を進めねばならないことに対して、慧は居心地が悪くなった。

 自分の守備がまともなら一塁ランナーのホームインは防げたのではなかろうか。いや、そもそも自分の能力では無理だった。いつも通り直子がセンターなら良かったのだ。

 なんなら、自分は本当はベンチにいたい。なぜこのチームには九人しか部員がいないのか。せめてもう一人いれば自分は出なくて済んだのに。

「良く追っかけてくれた、ケイちゃん」

 一人きりの思考に陥ってしまった慧はふと現実に呼び戻された。それは直子の声だった。

「一点取られちゃったのはしゃあないが、こっから取り返していかないとね。まあ、こっちもやっとウォーミングアップが済んだ、って感覚かな」

 陽気に喋るこの直子は、試合前の彼女とはまるで違う。もういつもの直子だった。

「さて、先頭だし行ってくるかね」

 乱暴にヘルメットを被り、バットを片手に駆け出していく。

「もう吹っ切れたかんね!」

 直子はベンチに向けて叫び、打席に入った。

 香椎東のリードオフ、期待の第一打席。だが、今日の彼女はピッチャーである。ここは冷静に球を見極め、体力と相談しながらの打席になるか。

「おりゃあ!」

 慧の思考を置き去りに、威勢の良い声と金属音とが同時に響く。初球を振り抜いた直子の打球は、先ほど相手の四番に打たれたのと同じように左中間を真っ二つに割った。

「っしゃ、どうだ!」

 快足を飛ばしてあっさり二塁を陥れた直子は、ベース上で香椎東ベンチへ向けてガッツポーズを作る。ベンチは一気に直子に対する賞賛の歓声で溢れ返った。

 慧は思わず立ち上がって直子を見た。ピッチャーの体力消費は、外野の比じゃないはずだ。どうしてあんな全力プレイが出来るのか。直子は疲労などどこにも見せずに相手投手の投球ごとにリードを取る。目を見張るとはこういうことを言うのか、慧はそんな直子から目を離せなかった。

 直子がリードを取り、塁に戻る。そんな動作を繰り返しているうちに二番バッターの文乃が凡退した。アウトカウントが一つ増えてしまった。しかし直子は動揺する素振りなく、少しずつ体力を奪うであろう離塁と戻りの作業を繰り返していた。

「いった!」

 不意に届いた快音に、香椎東ベンチ全体から叫びのような声が噴き出た。三番バッターの捺が右中間をライナーで破る打球を放ったのだ。

「まわれまわれ!」

 香椎東ベンチの声に誘導されるように、直子は堂々とホームインした。一対一。あっという間に同点とした。

「さすが捺。簡単に打つなあ」

 ベンチへ戻ってきた直子が嬉しそうに呟く。

 自分だって簡単に打っていたのに――そう思いながら口には出さず、慧はヘルメットを片付ける直子を横目で見る。あれだけ右に左に動いていたにもかかわらず、その息は全く切れていない。慧は改めて自分のいる世界と直子のいる世界との違いを認識した。こんな人が守っていたポジションを今日は自分が守らなければならないのだ。

「いけ! 走れ!」

 直後、香椎東ベンチは再び沸いた。

 打ったのは華凛。左中間の最深部へ到達するほどの大飛球で、捺に続きツーベースヒットとした。

 走れない華凛でも悠々と二塁まで到達出来るほどの飛距離。華凛にとってはあれでも当たりそこないなのだろう。完璧に捉えていればスタンドを越えていたはずだ。

「さすが、ウチの四番は違うねえ」

 そう言って直子は腕を回す。

「守備しっかりたのむぜ、ケイちゃん!」

 直子は休むでもなく、すぐさまグラブを手に取った。次の守備に備えたキャッチボールをするつもりだ。

「は、はい!」

 慧は圧倒されて頷く。直子は見るからに燃えていた。ここから相手打線を完全シャットアウトしてしまいそうな勢いだ。慧はそんな直子に頼もしさを覚えずにはいられなかった。


「な、なにー!?」

 直子の叫び声と共に、打球はセンターに転がってきた。

 初回より弱い勢いの打球に安堵し、慧は慎重に捕球する。

 二回表、久留米国際の攻撃。先頭の六番バッターが詰まりながらもセンターへ打ち返してきたのだ。

「これってもしかして……乱打戦?」

 返球した後、いつか華凛が教えてくれた用語を思わず慧は呟いていた。なんだか嫌な予感がした。

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