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ハードシップメークス  作者: 小走煌
12 夏の大会
105/227

香椎東対久留米国際1

「ちょ、捺、やっぱダメだ。代わろう!」

 たったの一球で、直子はセンターまで聞こえてくる悲鳴のような声で捺へ訴えかけた。

「まだ投球練習じゃない。それに、最低ひとりは投げないと代われないわよ……っと」

 捺は意に介していない様子で、華凛から送られてくるゴロのボールを軽やかに返球した。

「っていってもよう……ストライクさえ取れる気がしねえぜ……」

 直子は俯き、キャッチャーの豊に対して二球目の練習球を投じる。背中の『8』という数字が、その本来のポジションであるこちらを寂しげに見ているような錯覚が慧を襲った。

 普段の直子を知っていればいるほど、この嘆きようは凄まじく思える。しかし慧はそれについて思いやったり憂いたりすることは出来なかった。なぜなら慧も自分のことで必死だから。

 今いるこの場所は、普段のライトというポジションと見える景色が違いすぎて気持ちが悪い。視界が開けている分、より見える範囲、見なければならない範囲が増えていてめまいがするのだ。

 そんな嫌気のさす感覚をどうにか振り払おうと、慧はこのボール回しの時間を利用することにした。レフトの清から投じられたボールを受け取り、全力でライト方向へ放り投げようと振りかぶる。

 しかし慧は、瞬間的に動作を止め、ボールを握り直すふりをしてから力配分を気持ちの分だけ抑えて投げた。

 慧の視界が捉えたのは、本日ライトのポジションについている梓の姿。

 梓は慧よりも物理的に、あからさまに気持ち悪そうにしていた。そもそも慧が全力で投げたところで大した威力にはならないのだが、間接的でもこんな状態の梓にストレスをぶつけることはさすがにはばかられたのだ。

 弱めのボールをけだるそうに受け取る梓を見て慧は思う。こんな状態で果たして目の前の相手に立ち向かえるのだろうか。仮にこれが三年生のラストゲームになってしまったら、あまりにも悲惨すぎないか。

 そう考えると、これはどうにかしなければならない、せめて自分のところに来たボールだけは何とか押さえなければならない、と慧は気持ちを新たにすることが出来た。

「バック!」

 直後、ボールをベンチへ戻せという豊の指示が外野まで届く。外野手も内野手も、自軍ベンチへボールを転がした。ワインドアップからセットポジションに移行した直子が最後の練習球を投じ、受けた豊が素早く二塁へ送球。それを内野手で軽く回し、ボールは最後に直子の元へと戻った。

 ひとり目の打者がバッターボックスに入り、「プレイボール!」という球審の宣告が場内にこだました。途端に沸き上がる歓声。

 待った。ボール来るなボール来るなボール来るな――先ほどの気勢はどこへやら、慧の頭はそのたったひとつの思いにあっという間に支配された。直子が振りかぶる。緊張の初球。

「ストライク!」

 思っていたより簡単に、直子はストライクをとった。

「ナイスボール!」

 内野からは全員の、外野からは唯一元気な清のみの、賞賛の声が直子に向けられる。それを気にする素振りなく、直子は黙々と投げた。

 これはストライクか、これはボールか。この変化球は使えるか。まるで全てを確かめるように直子は投げていた。それでいてひとり目を三振、ふたり目をファーストフライと、久留米国際の各打者を淡々とアウトにしていく。投球練習時の恐る恐る投げていた感じとは違う、ぶれない冷静さがそこには確かにあった。さすがに百戦錬磨の直子だった。

 これなら大丈夫。直子から最も遠い位置で、慧はひとりホッと息をついた。

 次の瞬間。

 獣の唸り声のような打球音がセンターまで届く。

 チーターのように速い球足の硬球が直子の足元をあっという間に通り抜け、グラウンドを駆け、慧の元まで迫る。

 来た――反射的にグラブを地面へ差し出す慧の頭は一瞬で真っ白になっていた。

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