中学生物語。
「それから、命は大事にすること。以上。」
昨日、夜お父さんが家族を集めて何かを語っていた。
きっと深いことを言っていたのだろうけど、僕は眠かったからあまり覚えていない。お母さんは目に涙を浮かべてて、お姉ちゃんは少しだけ、うざったそうな顔をしていた。僕はそれしか、覚えていない。
次の日。お父さんは首をつっていた。
らしい。
僕もお姉ちゃんもお母さんの胸とお父さんの足元しか見れなかったから…。
お姉ちゃんの涙はその時はじめてみたと思う。
いつからかお姉ちゃんは高校にちゃんと行くようになった。
黄色かった髪も真っ黒になってたし、ピアスは全部捨ててた。
あの怖かった男の人も家に来なくなって、お姉ちゃんの部屋は静かになった。
そして、あれから五年もの月日が経って、僕はようやく中学生になっていた。
年の離れた姉は、いい大学でトップクラスの成績をとるようになったらしいし、姉の体の傷は全部綺麗になくなっていた。
お母さんは毎日僕たちを笑って見守ってくれた。すごく幸せだ。
ただ あの日 からカレーが食べられないのがつらい。それはお父さんの大好物だったんだ。
ある日、僕の目の前に一番大きな壁であろうものが立ちはだかった。
「ホラ、一回だけなら大丈夫だよ。」
悠一が僕を小突きながら言う。
タバコ…お父さんもお母さんも吸っていなかった。白い嫌な臭いのする煙がでるもの。たった一度だけ姉が隠れて吸っていたのを見たぐらいだった。
[秘密だよ。]
正直、あの時の姉の顔が脳裏に焼きついて、忘れられないでいる。
「秘密だよ?」
ただの興味本位だった。悠一がニヤリと笑ってマッチをこすった。目の前の光が、二人の顔を照らした。きっとその時の僕の顔はあの日の姉のように酷く歪んでいたと思う。
中学生のタバコの味はとても苦くて、苦しかった。
むせ返りながら、頭の中で何度もお父さんに謝った。
ごめんなさい。お父さん。
悠一の手がただ背中をさすってくれていた。
[タバコは…一度だけで、やめられないぞ。]
本当そうだね、お父さん。
中学二年の冬、深夜の海は寒かった。
その日僕は終止符を打つために、悠一を深夜の散歩に誘ったのだった。
「俺さ、父さんが小2の時に死んだんだよね。
自殺 したんだ。」
はじめて誰かに打ち明けた話。自分からはこの話題に持っていかないように本当は避けていたものだった。
学校も行っていない悠一は何も知らなかったせいか、息を飲んだ。
「明日も学校休むのか?
…俺は、学校だけは普通に行きたいんだ。」
たとえ、先生たちが同情の顔で接してきても、クラスの奴らが怖がったり、ゴミを見るように見てきても。
「姉ちゃんが、後悔して苦しんできたの知ってるから。」
はじめてタバコを吸った日、深夜に家に帰って、母さんに泣きながら怒られた。次の日髪を茶色にしたら、母さんは怒らずに、ただ悲しそうな顔で
[変わったのね、]
とだけ言って、俺を学校に送り出した。それからの学校生活はクソだった。先生達も 仕方ない、だってお父さんがね… だってさ。笑えるよね。でも学校には欠かさず通った。クラスの奴らの邪魔者を見るような視線にも慣れた。ただ、母さんの悲しそうな目だけは今でも慣れない。
「明日も早いよ。帰るね。」
悠一が来たら、少しはクソな学校が、楽しく思えるかもしれない。クラスの奴らはまた一層嫌な顔をするかもしれないけど。黄色いやつがまた一人増えたっつって。
「何笑ってんの。」
悠一は少し困ったように首を傾げた。
「待ってるね、」
悠一は、
来ないと思う。
だって、悠一は、不良仲間で、誰に言われても、ずっと来なかったから。
もし、もしも来たら、二人で、そうだな『命の話』でもしようか。
そして、夕方には家に帰って、家族とちゃんとご飯を食べよう。
来月には姉の結婚式がある。ドレス姿は、きっと今よりもっと綺麗なんだろう。
明日は、そうだカレーが食べたいなあ。頭、黒に戻してから、頼みに行こう。母さん作ってくれるかなあ。
先月更新完全に忘れてました