魔族の村
ふわふわと桃色の髪をゆらしながら聖女はいう。
「みて、魔族の村よ」
指で示された方向をみると、魔族たちが生活している村が崖下の森の奥にみえた。
「こんなところにあるとは知らなかったな。神殿からもらった地図には載っていないぞ」
勇者は魔族の位置について書かれた地図を再度確かめるが、やはり目の前にある村は載っていなかった。
「どうしますか?」
僧侶の問いに、勇者はしばらく考える。
この村は、魔族の中でもあまり力を持たないフォリンという魔族の村だ。
褐色の肌に狐のような耳と尾をもっている。
いまの勇者たちの実力ならば、村を消すことぐらい簡単にできるだろう。
「とりあえず、神殿に報告するのが先だ。聖女、連絡してくれ」
「わかったわ」
しかし、勇者は神殿の意向を聞かなければいけない。
聖女は祈りをささげるように手を組み、膝を曲げて歌うように唱えだす。
勇者と僧侶は見慣れているのか、ちらりとその姿をみて、再びフォリン族の村に視線を戻した。攻撃的でもないフォリンの村。出来ればこのまま何もせずに通り過ぎたい。
しばらくすると、聖女は連絡を終え、勇者と僧侶に神殿の意向を伝える。
「…勇者、神殿は村を消すように、と」
「...わかった」
僧侶もコクリと頷き、3人は村へと足を向けた。
ガサガサッ――――!!
「「「!!」」」
しかし、村に近づこうとしたところ、茂みから何者かが近付いてきたのに気づき、勇者一向は臨戦態勢をとる。
そして――――
「わっ!!! だれ!? にんげんっ!?」
茂みの奥から現れたのは、フォリン族の子供だった。
「なんでにんげんがココにいるの?!」
「......」
フォリン族の子供に勇者たちは答えない。
耳と尻尾をピンと上に向けて立てている子供は、ビクビクしながら、それでも手にもつ果物を落とさないように慎重に後ずさる。
「ぼくを、ころすの...?」
「っ!殺さない!」
涙目の子供に勇者は反射的に返答した。
「ほんとうに...?」
「...ああ」
「ほんとうのほんとうに?」
「本当だ。君は殺さない」
疑うように勇者を見る子供に、勇者はこたえる。
すると、安心したのか、子供はふっと肩の力を抜く。
「よかったぁ」
「いつもこの辺で果物とっているの?」
聖女は微笑みながら子供にきくと、子供は恥ずかしそうに顔を赤くしながら答えた。
「そうだよ。ママはあんまり奥にいっちゃいけないっていうんだけど、このあたりが一番おいしいくだものがとれるんだ!」
「そうなのね。でも危ないから村から離れすぎちゃダメよ?」
「はぁーい。ごめんなさい。...ママにはないしょにしてくれる?」
「そうね、危ないことしないって約束まもれるなら内緒にしてあげるわ」
「まもるよぼく!」
子供は笑顔で聖女にいう。
その後、勇者たちは子供に村での生活のことをきき、子供は嬉しそうに話していた。
しばらくして、子供はもう戻らないといけないことを思い出し、勇者たちに別れを告げる。
「じゃあ、ぼくもういくね!」
「ああ、じゃあな」
「気を付けるのよ」
「さようなら。今日私たちに会ったことは内緒ですよ」
「うん!ないしょね!やくそく!」
子供の笑顔に勇者たちの胸は痛む。
子供が村に向けて歩きだそうとしたとき、何か思い出したのか、足をとめ勇者たちに振り返った。
「そういえば、ママがにんげんはウソつきだからしんようしちゃいけない。って言ってたけど、お姉ちゃんたちはだいじょうぶだよね?」
「...大丈夫だ。ほら、早く帰らないとお母さんが心配するぞ?」
「はーい!」
勇者の言葉に、子供は慌てたように森に向けて駆け出していった。
3人は子供の後姿が見えなくなるまで見つめた。
「ねぇ、勇者...」
「わかってる」
「神殿の意向に背くことは―――」
「わかってる!!!」
「「....」」
唇から血が出るほど強く食いしばる勇者の姿に、聖女と僧侶はそれ以上何も言うことができなかった。
その日、一つの魔族の村が消えた。
灰と化した村に、泣き叫ぶフォリン族の子供がひとり。
フォリンの村の唯一の生き残りだ。
神殿の意向に背くことはできない。
「私は何なんだ。こんな、こんなはずではなかったのに…!」
勇者は、力を手に入れるために神殿と契約をする。
大きな力を得られるが、神殿の意向に背けば死が訪れる契約。
勇者とは何なのか、それに答えることができる日がいつになるのか、シルフィアにはまだわからない。