降り続ける雨
「ねぇ勇者、あなたは魔王に何をされたの?」
聖女がそう勇者に尋ねたのは、雨が強くなり近くにあった洞窟で雨宿りをしている時だった。
「なんだ突然。魔王にされたことなど数えきれないくらいあるだろう。あいつは、私たちの平和を壊しているじゃないか」
装備の確認をしながら勇者は、聖女へと呆れたように答えた。
「違うわよ、そうじゃないわ。勇者、あなたが個人的に魔王にされたことよ」
「個人的に...?」
勇者は手をとめ聖女をみれば、じっと真剣な表情でこちらをみているのにようやく気付いた。
「あなたの魔王に対する態度には、どこか個人的な恨みを感じるわ」
「...気のせいだろう」
「私の感は当たるのよ?」
「そういわれても、あえて挙げるのであれば私の住んでいた村が魔物に襲われたことだな」
「それは知っているわ。でも、村の人に誰も死者がでなくって幸いだったじゃない。それ以外にはないの?」
「...個人的にはないな」
再び装備へと目を戻し、作業を進める。
横から聖女の強い視線を感じるが、気付かないふりをした。
強く降り続ける雨の音と、ぱちぱちと火の燃える音だけが響く。
しばらくして、聖女は諦めたのか視線を感じなくなった。
代わりに僧侶がちらりとこちらを窺っているようであったが、もう勇者にとってどうでもよいことであった。
二人の言いたいことはわかる。
私の魔王に対する態度には、どこか違和感を感じるのだろう。
私は、魔王が何故か私が動けない怪我を負ったときなどに決まって現れることに気づいていた。
わからないふりをしていた。気付かないふりをしていた。
しかし、それももう無理があるのかもしれない。
魔王がいったいどういう意図でそんなことをしているのかはわからない。
少なくとも、今のところ嘘は言われていない。
それでもあいつは魔王だ。
私の敵、いや、人間の敵だ。
いまも世界中で魔物の被害が出続けている。
魔王を倒さなければ平和は訪れないのだ。
だから、私は魔王と戦わなければいけない。
たとえ、どんなに助けの手を伸ばされても、それをのうのうと受け入れてはいけない。
「...フッ」
思わず鼻で自分の考えを笑ってしまった。
聖女は眉をひそめ、僧侶は不思議そうに勇者をみる。
勇者はそんな二人になんでもないと首を左右に振って伝えた。
勇者だから魔王の助けを受け取ってはいけないなどと、本当に自分が思っているわけではないことなど、自分自身にばれてしまっている。
どんなに自分を騙そうとしても、やっぱり無理なのだ。
どうして魔王の助けを受け取れないのか、その答えはいたって簡単だ。
私が欲しい助けは魔王からではない。
魔王は、私のヒーローではないから。
それなのに、現れるのはいつも魔王だ。
顔を上げ、もしかしたらと思っても、そこに私のヒーローはいない。
寂しい。悲しい。悔しい。
その想いを魔王に恨みに変えてぶつけてしまっている。
私はいつまでたってもただのお転婆娘だ。
-------ねぇ、あなたはいったいどこにいるの-------
シルフィアの心に降る雨が止むのはいつになるのか。
それはまだ、誰もしらない。