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綺羅星は見えるか  作者: イヲ
第二章:忌火
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2

 それから、半月がたった。

 ミチルから連絡があったのは、昼ごろだった。


 もう夏がはじまって、すこしたつ。

 蝉がなきはじめ、夕暮れにはまだ雨が地をうがつ。


「朔、葩。浴衣ができたみたいだから、ミチルのところに行こう」

「まことか!」


 朔と一緒に葩の部屋に入ると、彼女ははうれしそうに顔をゆるませた。

 二階の自室で退屈そうにしていた彼女が走りよってくる。


 最近、父親の機嫌がいい。

 おそらくだが(知らされていないのだ。)貿易の仕事がうまくいっているようだった。

 そのぶん忙しいのか、あまり家にはこない。

 だが、知らない女のひとが家に入ってくるのを見た。

 あれは誰なのだろう、と思うが、踏み入ることはないだろう。これからも。


「最近暑くなってきたから、ちょうどいいかな」

「うむ」

「あっ、みなさま! お出かけです?」

「うん。浴衣ができたみたいだから。ちょっと行ってくるよ」

「おやおや。揃ってお出かけですか」


 砂利をふんだのは、白藍だった。

 灰鼠の着流しをきた彼は、紫苑とおなじように、ぴんとした狐の耳が生えている。

 彼はあくびをしながら、後頭部を掻いた。


「いやあ、芙蓉どのが供えてくださったいなり寿司があんまりにもうまくってね、ちびちび食っていたら、悪くなっちまって。もったいない事をしました」

「また買ってきたのに。もったいないだろ」

「そうですね。もったいないことをしました」


 かなしそうに肩を落とす白藍に、今日はいなり寿司を買ってこようと決める。

 ひょうひょうとしているように見えて、彼は傷つきやすい性格なのだ。


「じゃあ、行ってくる。留守番、頼んだよ。ふたりとも」

「お気をつけて」




 三人の姿が見えなくなったとき、白藍は細い目を険しく余計細めた。

 見える。

 芙蓉に覆いかぶさるような黒い影。

 それが、すこしずつ大きくなっている。

 急激に。

 それが大きくなってきたのは、つい最近のことだ。

 今までは大きさはあまり変わっていなかった。むしろ、大きさが変わることなどなかったかもしれない。


 紫苑はかなしそうに3人の姿を見ていた。


「あれでは、半年ももたない……」

「わたしたちの力が足りないから……。芙蓉さま……」

「芙蓉どのは犯人さがしもしない。ここから離れられませんから、私らで犯人を捜すこともできない。なんとも歯がゆいことです」


 せめて、芙蓉が呪詛の元を見つけることができたら、手を打つことができるかもしれない。

 だが、それも「手を打つ」ことができるかもしれない、ということで、決して「呪詛を取り除ける」というわけではない。

 腕のいい呪術師が呪詛返しでもしないかぎり、芙蓉の命を奪うだろう。

 だが、この世はすでに呪術師などという「時代おくれ」な存在は、歴史の闇に葬られてしまっている。

 逆に言えば、呪術師はまだ存在しているということだ。

 それも、悪質な。

 金をとるだけ取り、なにもできないような輩が。


「人間てのは、本当に不可解なものですね。おなじ種族なのに、呪い、殺す。私らには分からない感情です」

「はい……。芙蓉さまは、とてもお優しいかたです。なのに、どうして……」

「まあ、人間の世界は色々ありますからねぇ。私らでは理解できない何かが」


 白藍と紫苑は、なにもできない。

 人間の世界に足を踏み入れてはならない。そう先代の土着神から言われていたが、芙蓉が「そう」だと知り、踏み入ってしまった。


 あれはもう、15年ほども前だっただろうか。

 まだ芙蓉が3歳のときだ。はじめて紫苑と白藍に話しかけてきたのは。

 ちいさかった彼は、無邪気にふたりと追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたりしていたが、それがゆるされたのは5歳の誕生日のあたりだった。

 そして知ったのだ。

 自分の見る世界が、ほかのひとと違う、ということを。

 紫苑も白藍も父や、下女たちには見えないのだということを。


 そして、初めて高瀬が手をあげたのも、その5歳の誕生日の日だった。

 その日から、芙蓉は人が変わったように、あの無邪気さが消え去ってしまった。

 まだあどけない子供だったというのに。

 けれど、紫苑や白藍にむけることばは変わらなかった。

 ふたりを土着神として敬い、そして尊重してくれた。

 そしてそれは今も変わってはいない。


「芙蓉どのが私らに供えてくれているのは助かりますがね。ですがそのたびに高瀬どのに叱責されるのはね……」

「でも、お供えがなければ、わたしたち、力を保てないです。……見えないひとが増えて、わたしたちの力も弱くなってますし。でも、芙蓉さまが怒られるところ見るの、辛い、です」

「そうですね。でも、高瀬どのは私らが見えない。どうにもなりません」


 白藍がそっと夏の、広い空を見上げる。

 様々な色のタチアオイが咲き誇る庭。

 下女たちが植えた花々は、夏の暑い昼に、うつくしく、凛として咲いている。


 それと同時に、芙蓉の影に暗い影を落としているのだ。

 命さえ奪いかねないほどの、暗い暗い影を。


「さて、芙蓉どのはどこまで生きることに執着できるのやら……」

「白藍さん、不謹慎です!」

「ですがね、ヒトってのは生きる意志が必要なんですよ。死に執着していると、病気でなくても、寿命でなくても死ぬときは死ぬもんです」


 晴れ渡った空。

 濃い青。

 白い透き通った雲。


 それでも、影はまだ濃い。

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