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綺羅星は見えるか  作者: イヲ
第二章:忌火
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1

「……お前……何をしている」


 高瀬は、鬼のような形相でこちらへ向かってくる。

 彼の視線はまっすぐ芙蓉へ向けられていて、まるで朔や葩が見えていないようだった。

 いや――見ないようにしている、というのが正解だろうか。


「別に、何もしていませんよ。ただ、祠に油揚げを供えていただけで」

「またそんな事を言っているのか! そんな時代遅れな事をして……」

「父上。その時代遅れなことをしたのは、父上ですよ」


 はっと高瀬は顔をゆがませる。

 そして、怒りに顔を赤くさせ、そして――手をあげた。


「芙蓉さま……!」


 ばん、と何かが叩き付ける音が聞こえる。そのあと、じんじんとした頬の痛みを感じた。

 頬をぶたれるのはそうそう珍しいことでもない。

 ただ、紫苑や朔、葩に見せたくはない姿だったのは確かだ。


 くちびるに手をあてて泣きそうな顔をしている紫苑に、大丈夫だと頷いてみせる。


「いいか。これ以上、軫の家に泥をぬることをするな」


 高瀬は忙しそうにそのまま門を出ていった。

 どうやら、大事な会合があるらしい。洋装をまとっていた。


「大丈夫ですか? 芙蓉さま……」

「大丈夫だよ。今に始まったことじゃない」


 芙蓉は紫苑の頭を撫でて、安心させるようにほほえんだ。


「芙蓉。きみは……きみこそ、悲しくはないのか?」

「俺の唯一の誇りは、妖たちが見えることだよ。紫苑も、白藍も見える。それがとても、俺にとってうれしいことなんだ」

「……そうか……」

「さ、中に入ろう。もうじき昼になる。じゃあ、白藍にもそれ、渡しておいてくれ。1日戻らなかったら紫苑、食べちゃっていいよ」


 紫苑は目を一回閉じて、腰を折って頭を下げた。




「人間は人間を傷つけるというのは本当だったのだな」


 ぽつりと葩がつぶやいた。

 昼食をたべているときだった。


「そりゃ、ヒトとヒトは違う性格だからね。ぶつかりあって傷つけるのも当たり前だろう」


 スープというものを銀でできた匙ですくう。コンソメスープというものらしいが、独特の甘みが芙蓉にはまだ慣れない。


「葩は今まで見たことなかったのか? 傷つけあう人間たちを」

「あるが……。あそこまで感情的な人間はいなかった。……いや、おそらく腹の中に毒を飼っていたのかもしれぬ」

「そっか。まあ、父上は確かに感情的だからなあ。ああやって八つ当たりするのが精いっぱいなくらいだから」


 まだ頬は赤かった。

 朔がそれを見つめている。まるで、痛ましいものをみるように。

 それを知って、芙蓉は苦笑した。


「大丈夫だよ」


 そう言って、銀の匙を机の上においた。

 2人の陰は、すでに昼食を食べおえていた。


「俺は結構、丈夫だから」


 そっと呟く。

 自分のこころを守るように。そう思わなければ、「付け込まれる」。

 あの呪詛に。

 自分を強く保たなければ。いくら紫苑や白藍がいても、彼女たちに無理がかかってしまう。


「二人はこれからどうする? 部屋に戻るか?」

「われは少し疲れた。部屋で休んでいよう」

「俺は……そうだな。俺もすこし休む」

「わかった」


 芙蓉は椅子から立ち上がって、部屋から立ち去った。




「どう思う。今度のあるじは」

「そうじゃの。食事と部屋、それに着るものも用意するのだから、よいあるじだと思うが……。だが、気になるのはあの呪詛よ」

「そうだな。俺も、あの呪詛が気になる。あれは、だいぶ前からのものだ。ここ数年のものじゃない」

「うむ。よくもまあ、今まで生きていられるものじゃ。ここには土着神がいるからかもしれぬが」


 それほど強い呪詛だ。

 いくら福をもたらすといっても、呪詛は管轄外だ。

 どうしようもできない。


「土地に守られているのならばいいのだが……。葩。俺は、今度のあるじを助けたい」

「無理じゃ。われらにはそのような力はない。われらは見送ることしかできぬ」


 あるじ――軫芙蓉。

 彼が死にゆくすがたを、見送るしかない。

 もっとも、それを見るのはできないのだろうけれど。

 二人がいられるのは半年ほどだ。

 それほどまで急に命を吸い取ることはないだろう。おそらくとしか言えないが。




 部屋のなかに入った数分後、ふとした違和感をおぼえる。

 ぞっとするほどつめたい感覚。

 いつものことだと(・・・・・・・・)思い、知らぬふりをした。


「みているぞ」


 ぼそり、ぼそり、とした声。

 あれはこの世界のものではない声だ。

 ああいうものは、無視するにかぎる。


「不幸にしてやる」


 ため息をつく。そして窓を開けて、一階下の庭へ揚げ物屋で買ってあとで食べようと思った揚げ菓子を放り投げる。

 その直後、芙蓉のほおに一陣の風かかけぬけた。

 通り過ぎていったものは、子鬼だった。ちいさな鬼。ただ脅すだけしかできない、それでもこころを深く沈ませるには十分だ。

 昔こそはびくびくしていたが、ああいうものたちは常に腹が減っているのだ。

 そう知るとある意味かわいいもので、今では芙蓉が飼い主のようなものである。

 

 ガラス窓を引いて、そっと閉じる。


 直後、視界がゆらいだ。

 ぐらりと、まるで全てがひっくりかえったように。

 椅子の脚がひどい音をたてて床をひっかいた。

 顔を片手でおおい、荒くなる呼吸をととのえる。


 ただのめまいだ、と何度言い聞かせただろう。

 だが、これは命をこぼす音だ。

 

 のこされた砂時計の砂は、あとどれくらいなのだろう――。

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