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綺羅星は見えるか  作者: イヲ
第一章:隷従
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5

 下女たちは、陰がおそろしいのか、食事を上げて早々に出ていった。

 広い、食事をとるためだけの室内は、三人しかいない。

 父もいつもはいるのだが、今日だけはいないようだ。下女たちとおなじく、陰がおそろしいのだろう。


「ふむ。まあ、こんなものかのう」


 眼前に広がる朝食は、いつもと同じものだった。

 葩のことばと裏腹に、表情は明るい。


「いただきます」


 りんとした、涼しい声が聞こえる。朔の声だ。

 葩もあわてたように箸をつけた。


「葩。いただきますを言わなければ」

「む。い、いただきます……」


 恥ずかしそうに、か細い声でつぶやく葩はその見た目とおなじように、いとけない。

 ふっと、思わず笑ったのは芙蓉だった。 


「笑うでない。不愉快じゃ!」

「ごめん。まさか、陰がいただきますを言うなんて思いもしなかったから」

「芙蓉。生きているものを頂くことは、俺たちにとっても必要なことだ。だから、いただきます、と言いなさいと言ったのは母上だった」

「母上か……。おまえたちの母上はどんなひとだったんだ?」


 葩がせわしなく動かしていた手がぴたりと止まる。

 芙蓉はなにかまずいことを言ったのかと思い、口を開こうとしたとき、彼女は、先ほどの芙蓉とおなじように、ふっと微笑んだ。


「母上は、われらを生み出してくださった、現世のかた。われらはヒトを喰わんと言ったな。それはわれらの母上が人間だったからかもしれぬ」

「そっか。人間だったんだな。だから、おまえたちはそんなにも優しんだろう」

「俺たちがやさしい?」

「だって朔、言っただろ? 生きているものを頂く、って。そう思うことはとても尊いことだよ。この星国(ほとおりのくに)も近代化がすすんで、そう思うひとたちもすくなくなった」

「……それはとても、かなしいことだな」


 朔はことり、と箸を机の上においた。

 すべて平らげてしまったらしい。先に食べたとはいえ、驚異的な速さだ。

 ふと見ると、葩もあと少しで食べ終わってしまう。

 芙蓉はまだ半分しか食べていないというのに。


「そうだ、もうじき夏がくる。その格好では暑いだろう? 浴衣を買いに行こう。今から仕立てれば、夏には間に合うだろうから」

「浴衣じゃと? くるしゅうない!」


 葩は目を赤い瞳をきらきらとさせて、椅子から立ち上がった。

 やはり彼女はどれほどの年月を重ねても、「女の子」なのだろう。


「朔も行くだろう? 俺の友達の家が、反物を扱っているんだ」

「いいのか? まだ、俺たちが来て一日もたっていない。言い方は悪いが、お金がないのでは……」

「ああ、それは父上の話。俺の貯金があるから。そんな高いものは買えないけど。あ、内緒だぞ。貯金があることは」

「あ、ああ……」


 朔はどこか申し訳なさそうに、肩をすぼめた。

 葩は葩で、早く行こうと言わんばかりに広い部屋をうろうろとしている。

 陰も陰で、夏は暑いのだろう。

 こんな狩衣の姿では、今でさえ暑いはずだ。


「本当は、用意しておけばよかったんだけど」

「芙蓉。きみは俺たちのことを気遣いすぎでは? 俺たちは一年……いや、半年くらいでこの家を出るだろう。最初に言ったとおり、俺たちは福をもたらすが、長く置けば害ももたらす」

「そんなの関係ないよ。俺はね。父上はどうか知らないけど」


 芙蓉は自分には本当に関係ない、とでもいうかのように卵焼きに箸をつけた。


「それに……そんなの、あんまりじゃないか」

「芙蓉……」


 憂いをおびた表情に、朔は自分の内側から、得体のしれない何かがにじみ出たことに気づいた。

 これは何なのだろうと思惟していると、芙蓉のかすかな笑い声に、はっと顔をあげる。


「そんなに難しいことじゃないだろ? 今までだって、悲しかったんじゃないのか?」

「俺たちにとっては、とても難しいことだ。悲しいとか、そう思うひまもなかった。思うひまもなく、捨てられてきたから」

「……そっか。ごめんな。意地悪なことを言った」

「いや、いいんだ。芙蓉は、今までのあるじたちと違うから、どこか……馴染めていないのかもしれない」


 芙蓉はそっと微笑んで、席を立った。

 葩もそれに気づいたのか、ぱっと顔を明るくさせて、駆け寄ってくる。

 早く反物屋に行きたいのだろう。


 物音に気付いたのか、下女たちが皿を下げるためにおびえた様子で扉を開けてきた。


「し、失礼いたします。お下げいたします」


 そのなかに、ひときわ目立つ、金色の――タンポポのような色の髪の少女。

 紫の矢絣の着物を着た少女の名は、ライラと言った。

 外つ国(とつくに)からやってきた少女だ。


「ライラ。久しぶりだね。帰ってきたんだ」

「はい。芙蓉さま! それに陰のかたがた。お初にお目にかかります。わたし、ライラと申します」

「ライラ……。異国の響きだ」


 星国では見られない、金色の髪の毛。それに、青空のようなうつくしい瞳の色。

 朔は驚いた様子で、彼女を見据えた。


「はい。わたしは、星国からずっと西にいったところにある場所で生まれました。そして、旦那様に拾われ、こちらでお世話をさせていただいています」


 すこし聞きなれない音程。それが彼女が外の国の少女であることを決定づけられていた。

 下女のなかでも一番位の高い、50代のお局が、きっとライラをにらんだ。

 それを軽く受け流すライラは、慣れているのだろう。肩をすこしだけ竦めて、葩の食器を下げていく。


「ここには、いろいろなものがあるな。外の国のちいさきものまでいる」

「うん。あの壺の中には、金魚の霊がいるんだよ」

「もうよいであろう! 反物を早くわれに見せよ!」


 あの壺、とは隣に国から買い付けてきた立派な壺だ。

 ときおり、水がはねる音がする、と噂がたっているので、捨てられそうになったことがある。

 

 葩は業を煮やしたのか、芙蓉の着物の袖をつかんだ。


「分かった分かった。じゃあ朔、行こうか。そろそろあいつの店も開くから」

「ああ」

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