04
男は迷っていた。自分は本名を明かすわけにはいかない。自分の名前は知ってる人は知っている。というか絶対この国の国民なら皆知っているはずだ。
「うーー・・・えーっとですね・・・・」
男のあまりの挙動不審さに周りの視線も鋭くなっていく。
「なんだ。言えないのか?」ベルルトが目をギラリと輝かせた。
男は過去に何度か呼ばれた事のある愛称を思い出し、とっさに口に出した。
「ロイです!!!俺の名前はロイと言います。歳は18です」
ロイがそう言うとベルルトが目をふっと和らげた。
「なあんだ。18かよ。一番年下だな」ベルルトがバカにしたように笑った。其れをキールがそっと窘める。
「名前は分かった。だが俺等はお前の素性を何も知らない。お前は何しにここへ来た」ウィルが再び厳しい口調で問うて来た。ウィルはまだ警戒を緩めてはいない様だ。
ロイは返答に困った。自分には言えない内容だったのだ。ここは出まかせを言うしかないとロイは一か八かの賭けに出た。
「僕は無職のホームレスです。親は父と兄が二人、弟が一人、姉が二人です。僕は遠い西の小さな町から仕事を探しに出稼ぎに来ました」
あながち嘘は言っていない。うん。多分。自分をそう説得しつつロイは内心冷や冷やしていた。
「ふうん。また大変だなあ、坊ちゃん」ベルルトがまた挑発するように発言をした。キールが再び宥めに入った。
大変も何もでっち上げです何て今更言えず途方に暮れていると、ロリンシスが助け船を出してくれた。
「じゃあさ、ここで会ったのも何かの縁だし、行くとこないならここに住んだら?ここには似たような境遇の人も多いし。どう皆?」
何ともありがたい申し出だった。もともとロイはここに住みたいと思って侵入したのだ。念願かなったりだ。後は他の皆の返答次第だ。
「私も構いませんよ」キールが優しく微笑んだ。思わずドキリとしてしまうような笑みだった。
「俺もそれでも構わないぜ?コイツ面白いし。まあ、いざとなったら殺せばいいし」何やら物騒な言葉が聞こえたがお許しを貰った。
「じゃあ、後二人だよ?どうするのお二人さん」ロリンシスが壁際に二人寄り添うように佇む二人を見て言った。
「俺も別に。かかわる事もないだろうし、ヘンな動きをしたらベルルトの様に殺せばいいだけだろ」トーニョの言葉にウィルも一つ頷いた。
なんだか先ほどから物騒な言葉が飛び交っているがなんだか話がいい方向に纏まり始めている。
その返事を聞いてロリンシスが微笑んだ。
「まあ、取り敢えず良かったね、ロイ。全員のお許しが出たよ」
あまり良くない気がしないでもないが、一先ず衣食住には困らずに済んだ様だ。
ロイは感謝の意をこめて一礼した。
ロイを見て微笑んだキールは張り切った様に声を弾ませた。
「そうと決まればまずお部屋ですね。お部屋はロリンシスさんの部屋の隣に空き部屋がありますのでそこを掃除してお使い頂くとして、あとは家事の役割分担ですね・・・」
「庭の草むしりでいいんじゃねえの」ベルルトが面倒臭そうに呟いた。
「もうベル、またそういう事を。うちの庭は広いんですよ。ロイさん一人でなんて・・・」
「いいですよ」ロイはけろっとした様子でそう言った。
全員の視線が再びロイに向いた。
「お話し中に割り込んですみません。でも俺出来ますよ。」
突然の申し立てに全員が戸惑っているようだ。窓際の二人も例外ではないらしい。
「この家に入るときにざっと見ましたが俺が昔いた家よりは狭いのでいけると思います」
「本人も言ってる事だしそれでいいだろ」ベルルトが一つ大きな欠伸をした。
「そうですね・・・では申し訳ないのですがお願いできますか」
「はい、いいですよ」むしろ大歓迎だ。外へ出稼ぎに行かされるよりはよっぽどいい。
「では、もう夜更けですし、詳しい話は明日という事で。ロリンシス悪いんですがロイを案内してあげて下さい」
「分かった。じゃあ、行こうかロイ」そう言ってロリンシスはロイに微笑みかけた。前髪から覗く目は澄んだ水色なのだとこの時初めて知った。
「・・・・・はい」何となく胸の中の突っかかりが広がった気がした。
ロリンシスとロイが部屋を出るまで全員のロイへの視線が止む事はなかった。