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夜が明けて少し気まずさが残る朝食の時間が始まった。場の空気の重さを何とかしようとしたのか、キールが口を開いた。
「あ、ロイさん!!もうお加減はよろしいんですか?」
「あ、うん。元々そんなに酷い怪我でもなかったから。それよりベルルトこそ手首平気なの」
ロイはベルルトに敬語を使うのをやめろと言われてつい最近ベルルトに対して敬語を使うのをやめた。ベルルトはロイに問いかけられて自分の手首を見た。
「ああ、こんなのもうどうってことねぇよ。まあ、まだそんなに剣は振れねぇけど」
ベルルトは手首をぷらぷらさせた。それをキールが窘める。
ウィルは隣のトーニョの様子を伺う。トーニョは黙って食事を終わらすとスッと席を立った。全員の視線がトーニョの行動を追う。トーニョはロイの方へ歩み寄るとロイを見下ろした。
ロイは真っ直ぐトーニョを見返した。
「・・・・取り敢えず・・・」トーニョがそう切り出した。ロイは続きを待った。
「・・・お前が何者かというのは保留にする事にする」トーニョはそれだけ言うと部屋から出て行った。
キョトンとしているロイにウィルがトーニョの言葉を補う様に言った。
「要するにもう警戒して必要以上に攻撃しないって事だ」
どうやら良好な関係を築いていこうと言う事らしい。
隣でロリンシスがよかったねと言う様に笑った。
ロイが自室へと戻るとそこにはアルベルトが立っていた。ロイの姿を目に留めるとアルベルトは深々と頭を下げた。
ロイはアルベルトがどうやって部屋に入ったのか気にしつつアルベルトへと視線を向けた。
「・・・・どうした。何か変化でもあった?」
「・・・そうですねえ。あまり思わしくない変化なら山ほどありますが・・・ああ」
アルベルトが何かを思い出したように手をポンと叩いた。ロイは自室にある椅子に腰かけると、アルベルトの言葉を待った。
「・・・・ここの住民について少々気がかりな事が」アルベルトはそう言うと、ロイの耳元である事を囁いた。ロイはすべてを聞き終えるとふうと一つため息を吐いた。
「・・・それであんなに警戒を見せていたのか・・・。恐ろしいな」ロイは天を仰いだ。
「・・・・ロリンシスも・・・あちら側なんだな」ロイは小さな声で呟いた。アルベルトは静かに目を閉じた。
「そうです」アルベルトの短い答えにロイは口端を上げた。ロイの表情はその長い前髪が邪魔をしてよくは見えなかった。
「・・・そっか・・・・それなら仕方がないな・・・」ロリンシスはアルベルトが差し出してきた、調査報告書にサインをしてアルベルトに渡す。
アルベルトはそれを受け取ると話題を一掃した。
「ついでですけどイース様が貴方様の居場所を突き止めていらっしゃいます。近々会いにいらっしゃるかも知れませんよ」
「へえ、イース兄さんがね。それじゃあフェルナンデス兄上はご存知なの?」
「・・・いいえ。イース様は仰っていない様です」
アルベルトはそう言ってにやりと笑った。ロイは脱力するように椅子の背もたれに体重を預けた。
「イース兄さんも危ない事をするもんだな」
「貴方様のお兄様ですから」アルベルトは穏やかに微笑んだ。そして徐に燕尾服の懐に手を差し入れると一枚の手紙らしきものを取り出した。
「・・・・それは?」ロイがそう問いかけると、アルベルトは何も言わずに微笑んだだけだったが、去り際にこう言った。
「お姉さまからです」
ロリンシスはキールに言われてロイの部屋へと向かっていた。キール曰くロイに頼みがあるのだそうだ。
ロイの部屋の前まで辿り着き、ドアを数回ノックするが返事がない。寝ているのかもしれないとロリンシスは様子見のためにドアを開けた。
どうやらロイは何かの手紙を読んでいる様だ。こちらの存在には気付いていない様に見える。
ロイは真剣な面持ちで文面を読み進めていっている。そしてふいにロイの動きが止まった。ロイの目が大きく見開かれた。
そして寂しげに笑った。そして次の瞬間起きた光景にロリンシスは息を飲んだ。ロリンシスもまたロイを見つめる事に夢中だったためすぐ近くに来ていた人物に気付かなかった。
「・・・あの、ロリンシスさんそんな所で何を?」キールがロリンシスの帰りが遅いため様子を見に来たのだった。
ロリンシスが何も言わないのを訝しがってキールもロリンシスと同じようにそっとドアの薄い隙間から中に居るであろうロイを見た。そしてキールは息を飲む。
「・・・・・・泣いてる?」キールがそう言うとロリンシスも頷いた。
ロイは泣いていた。手紙に顔を押しつけて声を押し殺して泣いていた。何とも痛々しい姿に胸が痛む。
「・・・・何があったんです?」キールが静かに問うた。
「・・・分からない。でもあの手紙が関係しているんだと思う」ロリンシスがそう言うとキールは黙りこんだ。
「・・・・ロリンシスさん。用事は後にします」キールはそう言って身を起こした。
「・・・見なかった事にしましょう。きっと私達は振れてはいけません」キールはそれだけ言い残すと階段を降りて行った。
ロリンシスもそっと扉を閉めるとキールに続いて階段を降りた。
その夜ロリンシスは自室のベランダに出て夜風に当たっていた。昼間見たロイの様子が頭から離れない。トーニョ程ではないがロリンシスもロイの正体は少なからず気になっていた。ロイは一体何者なのか。
ロリンシスが考えに耽っていると、隣の部屋の窓が開く音が聞こえた。
ロリンシスがそちらに目をやると、向こうもこちらに気付いたらしく同じように目を向けてきた。
「あれ、ロリンシス。こんな夜更けに奇遇だね」
「ロイこそどうしたの。こんな遅くまで」
ロリンシスの問いにロイはふふと笑って空を見た。
「この時間は風も気持ちがいいし、何より星がよく見えるから」
ロイにつられてロリンシスも空を見上げた。確かにとても綺麗な星空が広がっていた。
「本当だ。結構長くここに居るのに気付かなかった」
ロリンシスがそう言うとロイは目を閉じたまま口を開く。
「・・・・普段生活している中でこう言う事は見落としやすいからね。ふとした時に気付いて美しさに感動する」ロリンシスはロイから目を放す事が出来なかった。
ロイはすうっと目を開くとロリンシスに向き合った。




