9章
「うあああああああああっ!!」
神崎の叫ぶ声が聞こえ、オレはその場から立ち上がり、すぐに状況を察する。何者かに夜白さんが奇襲を受け、いま瀕死の状態となっていた。オレは隣で眠っていたエスパーダの肩を揺する。
「……どうしたのですか?王よ」
「エスパーダ!神崎と夜白さんが奇襲を受けたんだ!だからいまから犯人を――ぶっ倒しに行くぞ!」
そしてオレはエスパーダの手をそっと握る。
「了解しました、王よ」
エスパーダは小さく頷くと姿を変え、王の手中に剣として納まる。
(くそっ!敵はどこから攻撃してきた。どこからなら夜白さんを狙うことができて隠れることができる?)
周囲を見渡す。隠れることができ夜白さんを狙える場所は――ビルだ。しかしここはビルに囲まれている場所であり数が多すぎる。
『王よ、私にはわかります。あの右から二番目のビルの上層部にいます』
エスパーダの言われた通りそのビルの上層部に視線を向ける。暗くてよくは見えなかったが、確かに人影があった。
「いたぞ!あいつが夜白さんをやったのか。行くぞエスパーダ!」
『借りを返しましょう、王よ』
神崎には悪いが、奴はオレが倒してくる。夜白さんをあんな目に遭わせたんだ。仲間を傷付けた罰を受けさせてやる。
ギュッと柄を握り、目的のビルへと駆けた。
◇◇◇
丁度窓から覗いたら下にいた奴と目があった。フードの少女は誰に話すわけでもなく独り言のように話す。
「あいつは生徒会長か、こっちに気づきよったか。まあ逃げ隠れもせずに正面から受けてやろう。まあ我の力には到底及ばないがな」
ハハハッと笑い、そっと隣に視線を移す。
壁に寄りかかりながらガムの箱と睨みあう女子制服に身を包んだ女子生徒。
「お前の力を使ってやるとでもするか。それとガムと睨みあいするのはいい加減にしろ」
「……そうする」
制服の少女はコクッと首を縦に降り、手に持っていたガムを口に含む。
何度かガムを噛み、頬がほころぶ。
「……おいしい」
ガムの感想を呟き、さらに違う味のガムを口に放り込む。何度か噛み、そして「……おいしい」とまた呟く。
フードの少女はそれを一瞥し、ポケットからガムを取りだし口に入れる。
噛んだ瞬間首をかしげる。
「これがそんなにおいしいのか?」
そんな疑問を口にしながらも噛み続ける。
味がなくなるころには全てが終わるだろう、とフードの少女は天井を見ながら思った。
◇◇◇
ビルの階段を一気に駆け登る。エスパーダのおかげで身体能力は格段に向上していて、全速力で走っても息切れを起こすことはまずない。
わずか数秒で目的の階まで到達した。目の前には錆び付いたドアノブがついた扉。
「あいつがいるのはここか……。なあ、エスパーダ。オレは夜白さんをやった奴に勝てるかな?」
『大丈夫です、王よ。私がいますから、心配しないでください』
そしてギギィと扉が静かに開き、足を踏み入れる。中は真っ暗でよく見えない。
「――おい!わざわざ来たんだ姿を見せたらどうだ!犯人さんよ!」
オレは叫んだが、声がこだまするだけで誰も姿を見せない。
いや、もしかしたらいないのかもしれない、と一瞬思ったときだ。
「お前の実力見せてもらおうッ!!」
突然発せられた何者かの声と同時に前方から物凄い早さで敵――全身を真っ黒なコートで覆う何者かが襲ってきた。
(……あいつが犯人か!)
そう確信したオレはエスパーダの剣を構え迎撃態勢になる。タイミングを見計らい敵に向けて剣を振るう。しかし――
「お前の力はその程度かッ!もっともっと我を楽しませてみせろッ!!」
剣の動きを読まれ右腕で防がれてしまう。常人なら剣を腕で防ごうものなら簡単に切断されてしまうが、こいつは違った。
「何故だ?……何故あんたの腕は切れないんだ!?なんで平然といられる!?」
オレはその光景に動揺してしまい、右腕だけを見てしまっていた。
それを敵は見逃さず、すかさず左拳を右腹部に叩き込む。
「ぐっ……」
その拳を受け、後ろに二、三歩後ずさる。
腹部からは出血はしていないものの骨が砕けているのが触った感じでわかった。
『王ッ!!大丈夫ですか!?』
エスパーダが心配の声を発するが――
「……エスパーダ、いまはオレじゃなくあいつに意識を集中してくれ」
オレは冷たくエスパーダに言い放つ。
正直オレは《ジン・コンバッド》を甘く見すぎていたのかもしれない。最初に攻撃をしかけてきた弓の奴を倒してから調子にのってしまっていた。それがこの結果を生んでしまったのだ。
オレは後悔していたが、いまはあいつに意識を集中しなければいけない。
「おいおい、それで終わりじゃないだろう?この学園の生徒会長さん、よッ!」
敵は地面を蹴り、再び突撃してくる。
(……このままだとさっきと同じだ)
オレは咄嗟に右に跳び、攻撃を逃れた。そして隙を見せた敵に向かってエスパーダの剣を一閃。
これで傷を与えたはずと思ったが、しかし敵は無傷だった。
「なっ!?」
「お前がその程度だとは思わなかったよ。ここで感想を言おう――全然楽しくないぞ!だから終わりにしよう、いまここでッ!!」
オレはただ呆然と立ち尽くしてしまった。右手に握っていたエスパーダをも地面に落とし、戦意を消失してしまう。
ここまで自分の力が通用しない敵にもう成す術がない。
オレは死を覚悟した――その時だ。
『私には王を守る義務があります!!』
エスパーダは剣の姿から戻り、オレの胸を両手で押した。オレがいた場所はちょうど窓の前で、エスパーダに押された衝撃で窓ガラスを割り、外に身を投げ出してしまう。
「――エスパーダ!!」
気づいたときにはオレは必死に彼女の名を叫び、届くはずのない手を空中で上へ上へと伸ばす。
「……私はあなたに忠誠を誓った。王を守るのは当然なのですよ」
最後にいつもの笑顔をオレに見せ、エスパーダは敵に向かい合った。
「私を倒さない限り、王へは指一本触れさせません!」
何故か敵は笑っていた。ハハハッと何度も何度も。
「何がおかしいのですか!」
「もういいだろう。お前の相手は受けてやろう。しかし生徒会長は逃がすわけにはいかないな。さあお前の出番だ」
そして指をパチンッと鳴らすと敵とは別の何者かがエスパーダの隣を走り抜け、割れた窓ガラスから飛び降りてしまう。
「王ッ!!」
エスパーダは相手の不意な行動で反応に遅れ、窓ガラスから飛び降りた相手を追うように飛び降りようとした。しかし
「待て待て、お前の相手は我だろう?」
敵に肩を捕まれ、そのまま中に投げ飛ばされ、壁に背中からぶつかる。
「ぐっ……」
数秒動けなく息もつけなくなる衝撃を受け、エスパーダは顔をしかめる。
(……このままでは私おろか王までやられてしまう。なら私は――)
先程の衝撃でまだ脚がふらつくが、王が危険にさらされていると自分に言い聞かせ、やっとの思いで立ち上がる。
そして右手に力を込め、剣を召喚。握られた剣を構え、敵を見据えて一声。
「……私との戦いはまだ始まったばかりです」